加藤氏の俳優としてのスタートは、“若駒冒険グループ”の一員として出演したNHK大河ドラマと思われる
氏が頭角を現すことになるのは、ご自身が「身体能力を活かせるので好き」だと語る“現代劇”への出演からだろう。1972年3月12日公開の東宝映画「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」に、加藤氏は“配下の男”役(ノンクレジット)で出演。
『シルバー仮面』が巨大化路線へ軌道修正され、『シルバー仮面ジャイアント』としてリスタートするのが第11話(1972年2月6日放送)。これ以降最終回に至るまで、加藤氏は“ジャイアント”のスーツアクターとして奮闘する(“バロンシリーズ番外編3”参照)。
加藤氏のターニングポイントになったのは、『トリプルファイター』第13話・26話登場のケリー岩崎役だろう。ヒロイン(早瀬ユリ/オレンジファイター)からの思慕を一身に受けながら、その想いを頑なに拒否、徹底して仇敵を追跡し駆逐する、そのストイックなキャラクターを加藤氏が熱演。シリーズ中わずか2度(2週)の出演であったにも拘らず、観る者の心を捉えて離さなかった。おそらく制作サイドの円谷プロに対しても、加藤氏の好演は強烈なアピールになったことだろう。
くわえて加藤氏が“クローズアップされる環境”が整っていたことも幸運だった。例えば『トリプルファイター』出演のスーツアクター諸氏が、盟友“若駒冒険グループ”メンバーであったこと。殺陣を担当していた宇仁貫三氏が『太陽にほえろ!』へシフトし、事後を引き継いだのが加藤氏の恩師・高倉英二氏であったこと。苦楽を共にしてきた日本現代企画スタッフの一部が、『シルバー仮面ジャイアント』撮了後に『トリプルファイター』のサポートに回ったこと。
かように『トリプルファイター』出演によって、加藤氏が円谷プロ人脈・日本現代企画人脈の双方から、アクションはもとより、顔出しで高い水準の演技ができる俳優として認知され、結果『レッドバロン』SSI・坂井哲也隊員役の推挙に繋がったであろうことは、想像に難くない。
『レッドバロン』企画段階より細に参画した鈴木清監督は、“バロン座談会”の中で「加藤君はアクションが綺麗だったから(レギュラーに)抜擢された」と語り、当の加藤氏も「アクションが大好きだったし憧れていたので(『レッドバロン』レギュラーが決まり)嬉しかったし、楽しかった」と、当時を懐かしく振り返っている。
本インタビュー公開は、「レッドバロン フォトニクル」発売という絶妙なタイミングに恵まれた。時間的制約から“バロン座談会”では語られなかった“『レッドバロン』に関する更なる新事実”について詳(つまび)らかにすることが出来た。『レッドバロン』坂井哲也について飄々と語る、加藤寿氏のインタビューをどうぞご堪能あれ!
−−『シルバー仮面ジャイアント』スーツアクターとしての任を終え、評価の高い『トリプルファイター』ケリー岩崎役、『アイアンキング』スーツアクターおよび不知火順八郎役を経て、いよいよ『レッドバロン』SSI・坂井哲也隊員役として活躍することになります。“レギュラー決定”を聞かされた時のご感想は?

加藤)それはもう単純に「やった〜!」という(天にも昇る)気持ちでしたね(笑)。おそらく高倉(英二)さんや林(邦史朗)さんが、私を(坂井哲也役に)推してくださったからだろうと思います。もちろん、それまで日本現代企画でスーツアクターとしてお世話になっていましたから、(日本現代企画の)スタッフの方々も「(SSI隊員役は)加藤がいいよ」と選んでくださったのでしょう。もうただただ感謝感謝でしたね(笑)。

−−昨年秋、収録させていただいた“バロン座談会”で、鈴木清監督は「加藤君はアクションが綺麗だったからレギュラーに抜擢された」と発言されていらっしゃいました。アクション面の高評価はもちろんですが、「加藤さん持ち前の甘いマスクが、ビジュアル面からも高く評価された故のキャスティングだった」と思います。

加藤)自分で言うのもなんですが、多少はビジュアル面を評価していただいた部分はあるのかもしれません(笑)。“甘いマスク”というのではなくて、全体の雰囲気みたいなものを評価していただいたんじゃないかな?…と思います。自分では言いにくいですが(苦笑)。

−−主人公・紅健役の岡田洋介さんとそのファンの方々には大変申し訳ないのですが、インターネット上でも時折「岡田さんより加藤さんが主役の方がよかった」という感想が見られます。

加藤)それが事実だとすれば、“驚き桃の木”で嬉しいですね(笑)。

−−SSIのユニフォームを着用して臨まれた、初めての撮影会。ご感想はいかがでしたか?

加藤)よく憶えていますよ。「あぁ、本当に自分が顔出しのレギュラーに選ばれたんだ!」と嬉しかったです。

−−今ここに撮影会スチルの一葉がありますが、「坂井哲也の射撃の腕はSSI随一」という設定に基づき、加藤さん単体のスチルは“拳銃を構えたポーズ”です。

加藤)憶えてます、憶えてます(笑)。

−−SSIユニフォームのデザインは秀逸でお洒落なものでしたが、加藤さんは実際に着用されて、どんな感想をお持ちになりましたか?

加藤)カッコよくてすごく気に入りましたし、今見ても十分カッコ良いと思いますね。デザインにレザーが組み込まれていて、白とダークグリーンの配色がお洒落で、かなり優秀な方がデザインされたんじゃないでしょうか。とにかく私は(SSIのユニフォームを)気に入っていました。

−−SSIはメンバーひとりひとりが異なったカラーのマフラーを身に着けていました。健がオレンジレッド、大郷ボスがホワイト、真理がイエロー、大作がライトブルー、そして哲也のマフラーはライトグリーンでした。これは撮影会に際して各俳優さんがお好きなカラーを選んだのか、それとも設定に基づき、最初から各人のカラーが固定だったのか、どちらでしょう?

加藤)たしかメンバーのマフラーカラーは、最初からもう決まっていたような気がします。お気に入りカラーのマフラーを取り合った記憶もありませんし、多分最初から(各キャラクターの)イメージカラーが決まっていたのでしょうね。

−−衣装繋がりの話題ですが、高野宏一監督演出による第12話「この一撃に命を賭けろ!」では、加藤さんのスーツ姿やワイシャツ姿が登場し、とてもお似合いでした。

加藤)ありがとうございます(笑)。私は普段でもああいう格好(スーツ・ワイシャツ姿)が好きで、何故かよくピンクのワイシャツを着ていました。

−−どうしても「ピンクは女性のカラー」という固定概念が根強い中で、“あの時代”にピンクのワイシャツを着こなしていらした加藤さんは、お洒落だったと思います。

加藤)お洒落だとか、よく考えないで(ピンクのワイシャツが)好きで着ていたところはありますね〜。

−−『マッハバロン』の九州ロケでも、やはりスーツ姿の加藤さんが確認できますが、スーツなどの衣装のチョイスはどなたがなさるのでしょうか?

加藤)衣装部さんに、ある程度こちらの希望(色・形)を伝えておいて、準備してもらった数着の衣装の中から気に入ったものを選ぶ…という感じでしたね。

−−SSIユニフォームは加藤さんが“お気に入り”とおっしゃるくらい卓越したお洒落なデザインでしたが、『マッハバロン』KSSのユニフォームはいかがでしたか?

加藤)おそらくフィルムの発色効果を考慮して、KSSユニフォームはオレンジ配色がメインになったと思いますが…正直言うと、私は(KSSユニフォームが)あんまり好きではありませんでした(苦笑)。「好きじゃなかった」と言っても「SSIのユニフォームに比べて」というニュアンスですけどね。あのオレンジの衣装を着て、外で食事をするのは正直辛かったです。たまにロケ先で(一般の方々から)指差されることもありましたが、誰が見ても(KSSのユニフォームは)普通の(色の)衣装じゃありませんからね(笑)。

−−劇中、加藤さんが小指にはめていらしたピンキーリングなどもお洒落でしたが、私物を撮影の小道具に使用することは結構あったのでしょうか?

加藤)結構ありました。小物は「役柄に合わないから止めなさい」と言われない限り、割と使っていたと思いますね。ただピンキーリングは着けたこと自体、憶えていませんでした。
−−“坂井哲也”は「年齢20歳。普段は自動車のセールスマンで、射撃の腕はSSI随一」という設定でした。加藤さんは哲也のキャラクターをどのように捉え、どのように膨らませようとお考えになったのでしょうか?

加藤)「普段SSIの仲間たちにも笑顔を振りまかない、周囲に迎合しない、ニヒルな男」という点でしょうか。ジープに乗ったり銃を撃ったり…という設定もありましたが、(視聴者の子供さん達の)見本になるような典型的な正義のキャラクターには“ならない”ように、意識したと思います。

−−第12話(「この一撃に命を賭けろ!」)の冒頭で哲也は、“専守防衛”を訴える穏健派の大作に対して「殺られる前に殺るんだ!」と、持論を展開していましたね。

加藤)…そんな台詞があったような気がします。よく憶えていませんけど(笑)。

−−哲也のキャラクターを代弁している名台詞だと思います。当時『レッドバロン』を演出された監督は6名いらっしゃったわけですが、哲也のキャラクター設定の解釈も6名それぞれだったと思います。監督の演出が加藤さんの演技プランとマッチングせず、戸惑われたり…などということはありましたか?

加藤)それはあまりなかったですね。6人の監督さんが“坂井哲也”に関して、私に求めるものが大きく違っていることはありませんでした。ですので「坂井哲也はそんな性格じゃないだろう」と戸惑うことは、なかったと思いますね。

−−坂井哲也と加藤さんご自身の共通点、まったく正反対の部分を教えてください。

加藤)あんまり違和感なく演っていましたから、多分(哲也と自分は)よく似ているんだと思います(笑)。ただあの当時、私は(プライベートでも)言葉で相手を説得することが苦手で出来なかったので、「どうして私だけセールスマンなんだろう。セールスマンという設定をどういう風に演じたらいいんだろう?」と、戸惑ったことはありました。私だけスーツ姿で、SSIのほかのメンバーは自動車修理工やラフな格好のカメラマンでしたけど、私の方がそういうラフな格好が似合うんじゃないかな?…と、当時思いましたけどね(笑)。

−−そんな坂井哲也の演出を担当された、鈴木清・高野宏一・鈴木俊継・外山徹・福原博・田村正蔵(敬称略)の6監督との思い出についてお聞かせください。

加藤)(鈴木)清さんはやっぱり特撮のエキスパートですし、キャメラマンのご出身だったので、「演出というより“画(え)づくりのタッチ”を考える方なのかな?」と、当時現場で、若いながら私なりに思いました。高野(宏一)さんはご自身のイメージを追求して作品を創る方だという印象です。

−−高野監督演出の第12話を拝見する限り、やはり往年の日活アクション映画がお好きだった方なのでは?…という印象を持ちます。

加藤)(第12話は)ほぼ子供番組らしからぬ演出でしたよね(笑)。現場でも高野さんは「ハリウッドの『フレンチコネクション』みたいな作品が好きなんだよね」みたいなことをお話しになっていた記憶があります。そういう時代だったからだとは思いますが、外国映画や日活アクション映画について、とても詳しい方でしたね。ご自身が撮りたい世界があったんだろうな…という気がします。

−−監督間で『レッドバロン』の担当台本の割振りがあった時、おそらく高野監督は「俺はこのホン(第12話の脚本)を撮りたい!」と主張なさったのではないでしょうか?

加藤)もし仮に高野さんにそう思っていただけたとしたら、役者冥利に尽きますけども(笑)。

−−第12話につきましては、この後改めてお訊きしますが、外山監督の演出はいかがでしたか?

加藤)外山(徹)さん・福原(博)さん・田村(正蔵)さんの3人は、特撮番組がスタートではなくて、多分一般のドラマを撮っていた方ではないかと思いました。私なんか当時はまだ若かったですから何も分からず、(3監督の演出を見て)「へぇ〜、ドラマってこういう風に撮るんだ。プロの職人、大人の監督だな〜」と感心していました。もちろん(鈴木)清さんや高野さんが“大人の監督じゃない”という意味ではありませんよ。

−−外山・福原・田村の3監督は、一般ドラマご出身ということから特に“キャラクターの心理描写”が巧みだった…という印象でしょうか?

加藤)“心理描写”と“特撮”、両方の演出が素晴らしかったと思います。

−−外山・福原監督たちは宣弘社の監督部のご出身、鈴木清・高野監督たちは円谷プロのご出身ということだそうですね。

加藤)ですから各監督さんたちの“カラーの違い”というものを、自分は新米俳優でありながらも感じましたね。福原さんは当時40代ぐらいのとても優しい監督でした。(鈴木)清さんと高野さんが同じくらいの歳で、(6監督の中では)一番若かったように思います。

−−やはり円谷プロとご縁の深い、鈴木俊継監督の演出はいかがでしたか? 大下哲矢さんと保積ぺぺさんが殉職された『レッドバロン』第25・26話の浜松ロケ回、木下ユリさんが殉職された『マッハバロン』最終回などをお撮りになっています。ご自身の演出回は、必ず夕陽など太陽をインサートしたカットを多用していらっしゃいます。

加藤)(太陽のインサート演出について)ああ、なるほど(笑)。鈴木俊継さんも優しい方でした。もっとも『レッドバロン』の監督は優しい方ばかりでしたが。他の作品の現場へ行くと、感情を露にして怒鳴ったりする監督さんがいますからね(苦笑)。その点、鈴木俊継さんはいつも冷静で、常に紳士的にキチンと(演出意図などを)説明してから撮影に入るような方だったという印象がありますね。

−−田村(正蔵)監督の演出はいかがでしたか?

加藤)田村さんはもう“親分”みたいな方でね〜(笑)、監督というよりプロデューサーというか“元締め”みたいな感じの方でした。その頃はまだそんなにお年寄りではなかったのに、何故か周りの皆さんから「タム爺! タム爺!」と呼ばれていました(笑)。(6監督の中では)一番年上だったかもしれません。職人気質で、順番通り、そつなく手際よく坦々と撮っていくような感じでした。「(田村監督があまりに坦々としているので)自分たち俳優のことをあんまり期待してないのかな〜?」って、思ったりもしましたけど(笑)。
−−殺陣師の高倉(英二)さんですが、とても普通の子供番組では考えられないような、妥協のないハードな殺陣を出演者の皆さんにつけていらっしゃいました。加藤さんからご覧になって、特に印象的な殺陣がありましたらお教えください。

加藤)どのエピソードが…という(特定話数に限定される印象的な)ものはなくて、どの話のどのシーンでも全力で殺陣をつける方でしたので、子供番組やカンフーアクションにありがちな“決まり切った動き”をせず、ダイナミックでリアリティのある殺陣をつけてくださいました。バシッ、バシッ、バシッ!という風に、メリハリのある男らしい殺陣で、私は(高倉氏の殺陣が)大好きでした。

−−他のアクション番組と比較しても、かなりハードルの高いアクションで、身体能力を出し切ることを出演者の皆さんに求めていらしたように見えました。

加藤)たしかに(高倉氏の意図するアクション演出は)ハードルが相当高かったですね。

−−そのハードルをクリアすると、更に高いハードルが準備されるなか、『レッドバロン』レギュラーの皆さんは、高倉さん演出によく応え奮闘されたと思います。加藤さんの方から高倉さんに対し「こんな動きを加えてみては?」など、提案されることはありましたか?

加藤)いやいやいや、とてもそんなことを言える立場ではなかったですね〜(笑)。

−−美しくキレのあるアクションでファンを魅了してくださった加藤さんですが、ご自身で“特にお気に入りのアクションシーン”は、どのエピソードでしょうか?

加藤)お気に入りというか…(森)博士の古びた大邸宅の庭でのアクション(第6話)、日光か鬼怒川のロケ(第33・34話)のアクション、それから石田(信之)さんが出ていた回(第3話)だったと思いますが、森か林の中を走りながらアクションをしたことなんかは憶えていますね。

−−今度バロンファンの皆さんとロケ地探訪していただくロケ地、(横浜市青葉区寺家町の)熊野神社(第35話)での撮影のことは憶えていらっしゃいますか? 哲也が宇宙鉄面党の策略で村へ誘き出され、善戦空しく吸血ヴィールスを注射されてしまうエピソードです。

加藤)はいはい、ありましたね(笑)。

−−大変な速さで神社の急な階段を駆け上られたり、誠直也さんのご夫人である早川絵美さんとの絡みがあったり…。

加藤)誠直也さんとは東映系の番組で何度かご一緒させていただいたように思いますが、あの女優さんは誠さんの奥さんだったんですね。あの神社の石段を駆け上るアクションは面白かったというか、楽しかったですね(笑)。

−−加藤さん、かなりの急勾配にも拘らず、長い脚でスタスタスタ…と駆け上がっていきました(笑)。10月25日は加藤さんとの“ロケ地ウォーク”を楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いします。

加藤)こちらこそ、よろしくお願いします(笑)。
−−先ほどもお話に出ました、高野監督のハードボイルドな演出が印象的な第12話(「この一撃に命を賭けろ!」)について、再度伺っていきます。哲也ファンお気に入りのこのエピソードの撮影について、憶えていらっしゃる範囲でお教えください。

加藤)すごく楽しい撮影でした。ただその撮影の頃に私、原因不明の40度くらいの熱が出てしまいまして、足元がフラフラになりながら撮影しました。マイクロ(ロケバス)に乗っていても調子が悪かったんですけども、意地でも「調子が悪い」なんて言いたくなかったですし。でもすぐに周りの方にバレてしまいまして、「なんか調子悪いんじゃないの?」とか「大丈夫?」だとか、(共演者に)声を掛けられてしまいました(苦笑)。でも撮影していて、終わりの頃には熱もすっかり下がっていましたけどね。

−−俳優さんはスゴイですね。我々ファンが映像を観ていても、そんな高熱があったことを全く感じさせない演技力と精神力をお持ちで…。さて、銀座ロケの際、歩行者天国を行き交う方々の服装を見る限り、おそらく撮影時期は6月中旬から7月上旬だったと思いますが…。

加藤)そうですね。撮影は春や秋ではなかったような気がします。

−−劇中、銀座のレコード屋さん(山野楽器)に、故.安西マリアさんの“デビューイベント”の看板が映り込んでいるのですが、彼女のデビュー日は(1973年)7月5日なんだそうです。

加藤)あ、そうなんですか(笑)。あの時は、銀座の歩行者天国や路地をあちらこちら歩いたり走ったりしました。よく憶えています。

−−キラーQ役の水木梨恵さんを追跡する加藤さんと撮影キャメラを見付けた歩行者の方々が、「何だ何だ?」というお顔で、加藤さんの姿を目で追っていました(笑)。

加藤)(デパートの陰から)拳銃を構えるシーンを撮っている時に、歩行者の方が「あっ『太陽にほえろ!』を撮影しているぞ!」とおっしゃったのが聞こえました(笑)。銀座では夜遅くまで撮影したのですが、その時に外国人の女の子たちのグループに声を掛けられたことを、今突然思い出しました(苦笑)。

−−そんな“逆ナンパ”みたいなことがあったんですね(笑)。ところで、キラーQに洗脳された哲也が屋上でライフルを構えて、車中の小田切博士を撃とうとするシーンがありますが、屋上での一連のシーンについては?

加藤)…う〜ん、(そういうシーンが)あったかもしれませんが、よく憶えていません(苦笑)。

−−キラーQのアジトを発見した哲也が、彼女の車をSSIジープで追跡し、採石場まで追い詰める…というシーンについてはいかがですか?

加藤)採石場の撮影は楽しくて割合憶えています。『レッドバロン』は子供番組だけれども、自分がハリウッドのアクション映画の現場にいるかのような錯覚を覚える一方で、俳優であることも忘れて、“自分だけの世界”に没頭して楽しんでいる自分もいましたね。

−−以前加藤さんとお話しさせていただいた際に、「子供の頃から日活アクション映画が大好きだったので、玉川(伊佐男)さんや深江(章喜)さんとの共演が嬉しかった」旨、お聞きしました。第12話の撮影では、加藤さんがお気に入りの映画の特定シーンを意識して、それを演技に反映させてみようだとか…は?

加藤)そんな難しいことまでは考えていませんでしたけど(笑)。多分私の同世代の誰もが、(石原)裕次郎さんのあのスクリーンからはみ出そうな、迫力あるアクションが大好きだったと思うんです。それを芝居に取り入れようとは意識しませんでしたけども、裕次郎さんの迸(ほとばし)る肉体の輝きみたいなものを、映像で出せたらいいな…とは考えましたね。(『レッドバロン』)第12話は昔、スカパーで再放送されていて、一度観ただけです。

−−(12話を)ご覧になって「俺って、結構カッコいいなぁ〜」って、思われたでしょう(笑)?

加藤)思いました(笑)! 多少そう思ったのと、「いやぁ、(芝居が)下手だなぁ。あの時、こうした方がよかったのになぁ」という、“気恥ずかしさ”と“反省の気持ち”と“高揚感”が入り混じった、複雑な気持ちで(第12話を)鑑賞しましたね。
−−第1話からずっとご一緒だった大下哲矢さんと保積ぺぺさんが、第25・26話の浜松ロケを以て降板ということになってしまいました。浜松ロケと狛江スタジオでの撮影について、その当時の様子についてお教えください。

加藤)(第25・26話の)撮影に入る間際に、大下さんと保積さんが降板されることを知らされて分かっていましたので、「寂しいなぁ」という気持ちと「何故なんだろう? 別に降板させなくてもいいのに」という気持ちでいました。『レッドバロン』(のキャスト)は皆、仲が良かったですし、ひとつのチームでしたから、お二人の降板はとにかくとても寂しかったです。

−−降板される大下さんも保積さんも、そして現場に残る加藤さんたちも、公私入り混じった感情を込めながら坦々とお芝居をしていく…といった感じだったのでしょうか?

加藤)そうですね。(大郷)ボスが(デビラー博士の)飛行艇で死ぬシーンは撮影所で撮ったのですが、それを現場で観ている時は“自分(加藤寿)の感情”と“役柄(坂井哲也)の感情”が交差するような状態になりました。

−−保積さん演じる大作が、浜松の中田島砂丘で、SSIの仲間たちや弟の目の前で爆死するという凄惨なシーンがありました。そのシーンについてはいかがですか?

加藤)やっぱり彼(保積氏)との普段の付き合いと役柄が交差してしまい、ただただ寂しかったですね…。(大作が弟・大助やSSIメンバーに別れを告げる)そのシーンの撮影は、ご覧になった皆さんからはどう見えたか分かりませんが、私は演技ではなく「何故? どうしてなんだ!」という(加藤寿としての)感情が自然と出ていました。大下さんや保積さんのクランクアップの時、花束を渡したりといった、きめ細かな気遣いはしませんでした。(牧)れいちゃんと「二人(大下氏・保積氏)に何か贈った方がイイのかな? どうする?」みたいな話をしたことは、漠然と記憶していますが…。

−−第1クールはとてもニヒルだった哲也ですが、大作殉職後、彼が担っていたギャグメイカー的な部分を一部哲也が担うようになりました。熊野警部とは違った意味でのズッコケた台詞、やわらかい台詞を哲也が口にすることに、正直個人的に違和感がありました。

加藤)うん、それは私もちょっとは思いましたけどね(笑)。(第3クール以降)特別「キャラクターを変えろ」と(諸監督たちから)言われたわけではないのですが、「シナリオの台詞まわし、喋る内容がちょっと変化してきたかな? どうしたらいいんだろう?」…みたいなところはありました。でも私は文句を言うほどの立場でもありませんし、駆け出しの新人みたいなものでしたので。

−−第31話の“リンゴ爆弾”を巡るエピソードのラストで、ニヒルだったはずの哲也がくだけて、健と“本物のリンゴ”をコミカルにキャッチボールするシーンがありました。

加藤)あのシーンに限ってはあれでいいのかな?…と思いますね。ああいったシーンでは「アドリヴもあり」だと思いますが、普段『レッドバロン』のお芝居では、ほぼアドリヴはありませんでした。ただ、事件が解決してSSIのメンバーの皆が集まるシーンで、ベテランの玉川(伊佐男)さんはよくアドリヴをしていらっしゃって、それにつられて、こちらもちょっと(アドリヴを)演ってみるということはあったかもしれません。

−−日活の大御所悪役俳優の玉川さんだけあって、アドリヴ台詞がどんどん飛んできそうですね(笑)。第3クールでフランケンシュタインのような銀マスクをつけた宇宙鉄面党戦闘員が、フェンシングの剣を武器にするようになりました。その剣がやたら“しなる”ので、アクションシーンを観ていてハラハラして仕方ありませんでした。

加藤)貴方からメールをいただいて(第3クールを)観直してみたら、確かにフェンシングの剣を使った殺陣でしたが、その頃はどんなに危険なことをやっても全然怖く感じなかったんですよ(笑)。ただフェンシングの剣は細くて長いですから、ふと気付いた時に身体のどこかに、(剣による)かすり傷ができていることは多々ありました。

−−どのエピソードかは失念してしまいましたが、加藤さんの手首に明らかにフェンシングの剣で突かれたと思われる傷がありました。

加藤)あ〜、ありましたか(笑)?

−−それから『レッドバロン』DVD附属解説書のインタビュー記事にもありましたが、牧れいさんに至っては、目尻の微妙な位置をフェンシングの剣で突かれた傷跡まで出来ていたそうです。

加藤)うんうん、そういえば(牧)れいちゃんからそんな話を聞いた憶えがありますね〜。

−−戦闘員役の若駒の俳優さんたちと何度もリハーサルをしてから、アクションに臨まれたと思いますが、通常本番までおよそ何度くらいのリハーサルがなされるのですか?

加藤)大体の場合、まず高倉(英二)さんたちアクションディレクターの方がアクションを説明して、それを私たちが2〜3回簡単に演ってみて、憶えて、3〜4回目で本番に入る感じでしょうかね。自分で言うと生意気に思われるかもしれませんが、自分の場合、どんなに手数が多い殺陣でも、大体1〜2回目でクリアすることができました(笑)。

−−加藤さんは、他のSSIメンバーたちより憶えが早かったと(笑)。

加藤)はい! …いえ、多分(笑)。
−−そんな数々のアクションをご披露くださった加藤さんですが、ご自身にとって、良い意味でも悪い意味でも“印象的なロケ地”をいくつか教えてください。

加藤)どのエピソードか話数も場所も憶えていませんが…おそらく多摩川の上流だったと思いますが、山深い河原なんかをジープで水飛沫(しぶき)を上げながら走ったことを記憶しています。今は環境の問題があるから、あんなことが出来るかどうか分かりませんけども、私は元々アウトドアが大好きでしたから、ジープで走るシーンが愉しくて堪りませんでした(笑)。アメリカ映画の冒険シーンを撮っているような気分になって、思わず撮影していることを忘れてしまいそうになったことを、今ハッキリ思い出しました! 私の場合「こういうシチュエーションの撮影では、こんな気持ちになった」ということを割合憶えていますね。日光での撮影(第33・34話)も景色が綺麗で嬉しかったです。

−−ロケ地は東京から割合近場の静岡県が重宝されたようで、伊豆市の天城湯ヶ島(第9話)、御殿場市・裾野市(ともに第13話)、大下さん・保積さん殉職回の浜松市(第25・26話)、富士宮市の朝霧高原(第14、37〜39話)など、静岡ロケが突出して多いです。

加藤)はいはいはい、“天城湯ヶ島”で思い出しました! (第9話)ラスト、(“浄蓮荘”の)プールで競争するようなシーンがありましたよね?

−−はい。加藤さんをはじめ、SSIメンバーは皆さん、マッチョな胸まわりでした。

加藤)確かにみんな、いい体格してましたよね。

−−加藤さん、腹筋が“(プラスチックの)卵パック”のように、見事に綺麗に割れていました。特に全国の女性ファンは、加藤さんの肉体美にドキドキされたのではないでしょうか?

加藤)(爆笑)どうでしょうか…。そういえば、浜松の(中田島)砂丘遊覧船のあった舘山寺温泉、最終回近くの(朝霧)高原なんかも憶えていますよ。

−−第37話、富士宮・朝霧高原の撮影では、デビラー博士を好演された伊海田(弘)さんが、哲也のお父さん役でロケに参加していらっしゃいます。

加藤)そうです、そうです(笑)。たしか(哲也の)父親は(富士山麓で)牧場か何かを経営している設定でしたよね? 牛の糞がたくさん落ちている中、牧場で伊海田さんと相撲を取りましたけど、牧歌的で愉しい撮影でした(笑)。たしか滝(白糸の滝)でも撮りましたよね?

−−はい、宇宙鉄面党に洗脳されていた紅健太郎博士が火星から帰還して、故郷・地球(日本)の素晴らしさを堪能するシーンのロケ地です。もしも加藤さんに静岡ロケ地来訪のためのお時間を取っていただけるのでしたら、ぜひ“哲也と行くバロン静岡ロケ地ツアー”などを企画させてください。

加藤)それ、楽しそうでイイですね〜(笑)。私は野次馬根性が強くて、虫がいるような(山奥の)ロケ地が好きだったので、撮影が辛かったロケ地は思い出せないくらいです。

−−『レッドバロン』には数々の主題歌・副主題歌・挿入歌がありますが、加藤さんのお気に入りは?

加藤)やっぱり一番最初の主題歌(「レッドバロン」)です。イントロの…ドムドムドムドムドムドムドムドム!という、ドラムのリズムがイイですね!

−−『レッドバロン』『マッハバロン』『シルバー仮面』『アイアンキング』『トリプルファイター』など、ご自身のご出演作品主題歌を、カラオケで唄われたりは?

加藤)いや〜、それはまだないですね(笑)。そういう曲がカラオケに入っていることすら知りませんでした。(今のカラオケには特撮の曲が)入っているんですか?

−−はい、機種や楽曲によっては、特撮作品のオープニングや劇中映像まで楽しめるものがあります。加藤さんはお仕事関係の方々とカラオケを楽しまれたりは?

加藤)たまに唄いますよ。もちろん(石原)裕次郎さんの曲なんかも好きですが、大好きでよく唄うのは「涙を拭いてぇ〜♪」という歌(1982年8月発売、三好鉄生氏の大ヒット曲「涙をふいて」)ですかね。

−−今度、下塚(誠)さんのお店(洋風居酒屋“レモンタイム”)でご披露いただけましたら幸いです。

加藤)イイですね〜♪ あと、難しい曲ばかりですが、西郷輝彦さんの曲が好きで結構唄います。もっとも年に1〜2回程度のペースですけどね。皆さんの耳に潰瘍が出来なければイイのですが(笑)、カラオケの機会がありましたら是非!

−−それでは最後に、全国の『レッドバロン』ファンおよび坂井哲也ファンの皆さん、12月19日発売の「レッドバロン フォト二クル」を購入予定の方々に、メッセージをお願いいたします。

加藤)はい。『レッドバロン』と哲也を何十年も愛してくださって、本当にありがとうございます! 『レッドバロン』ファンの皆さんのプライドのためにも、自分自身の健康のためにも、41年前のあの肉体と精神だけは、一日も長くキープしたいと思っています(笑)。

−−加藤さん、本日はありがとうございました。

2014年10月2日 電話インタビュー
取材・構成◎「こちら特撮情報局」奥虹

加藤 寿(かとう ひさし)

俳優 『スーパーロボット レッドバロン』坂井哲也役、『スーパーロボット マッハバロン』白坂譲司役
高倉英二に師事、若駒冒険グループ(現・若駒)に所属、高倉が殺陣師を務めた『シルバー仮面』(1971年)、『アイアンキング』(1972年)でヒーローのスーツアクターを務める。その後『スーパーロボット レッドバロン』にて主人公以上のアクションを身上とするSSI(エスエスアイ)隊員・坂井哲也役を好演、翌年『スーパーロボット マッハバロン』にもKSS(キス)隊員・白坂譲司役にてスピンオフで登板。『少年探偵団』(1975年)のゲスト(♯7〜8 石垣和也役)を含めれば、5作品連続で日本現代企画作品に出演する快挙を成し遂げた。
以後、日活出身の名匠・長谷部安春監督作品に多く出演。特撮作品では『トリプルファイター』(1972年)のケリー岩崎(♯13・26)、『忍者キャプター』(1976年)の甲賀かげさそり役(♯37)で客演している。
Blu-ray スーパーロボット レッドバロン
レッドバロン フォトニクル
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