司会 伴さん、佐藤さん、堀田さんにお訊きします。『忍者キャプター』レギュラーのお話が来たとき、役が決まったときのあらましをお話しいただければと思います。まずは主役の伴さんから。
『イナズマンF(フラッシュ)』(1974年)のあと1年半くらい、丁度(スケジュールが)空いてて、「またやってほしい」っていうことで(決まった)。これは多分、平山(亨)さんが(企画の)主軸だったんじゃないかな? 後から平山さんに聞いた話では、メインは小野(耕人)さんだったから、平山さんが裏で「俺(伴氏)に演らせればいいんじゃないか」と。俺、『キャプター』が3本目の主役なんだよね。平山さんはだからこういう風に言ったんだよね。「東映の中で、特撮をやらせてスターをつくりたい」って。昔の市川歌右衛門だとか、昔はスターがいたじゃないですか。それを特撮(番組)からつくりたいんだって意味で。俺が主役3本目だからこっちに話が来たんじゃないかな? そういうようなことを平山さんは言ってたね。…そんなところです。
司会 当初から主役でということで?
はい、主役です。ただメインが7人いるので、特に「大変そうだ」とは何も言わないで、俺は「ああ、そうですか」って感じで受けた。
司会 佐藤さん、このお話が来たときはいかがでしたか?
佐藤 俺、今、思い出したんですけど、この番組は確かオーディションをした記憶があります。これ、製作は東映テレビ・プロでしたっけ? そのオーディションに行ったときに、平山プロデューサーと小野プロデューサーがいらしたという記憶は、なんとなく残ってます。オーディション会場には、えらい人数の子役たちが来てましたね。俺は「(『キャプター』に)出たいから」って話をマネージャーにしましたが、正直「(レギュラーが)決まるのか決まらないのか?」って心配でした。当時俺はいろんな仕事で忙しかったんですよ。それでスケジュールが縫えるのか縫えないのかも不安だった。ぶっちゃけた話で、あとはギャラ調整ですか(笑)。マネージャーが「そこまで(ギャラを)出せるのか! 」みたいな話をしてて(笑)。面接が終わった後に、「形だけの面接だからおそらく受かるとは思う」とマネージャーに言われたんですけど、ただちょっとスケジュールが縫えるかどうか…。「ヒーロー物だから、かなり時間的に縛られちゃうから無理かも知れないけど、宏之はどうしてもやりたいの?」って訊かれたから、俺は「どうしても(『キャプター』を)やりたい!」って答えました。あの当時子役をやってて、戦隊物や特撮ヒーロー物で、とにかく一回“ヒーロー”って者になりたかったから、「どうしても演りたい。風忍・泉敬太役に受かりたい。どうしても優先して欲しい」ってお願いしましたら、案の定受かりまして。 それで『忍者キャプター』出させてもらうことになったんですが、オープニングシーンの俳優は、あれ、俺じゃないんですよ。俺、別の仕事で忙しくて、最初の撮影会のスチルも俺だけ別撮りだったんじゃないかな、おそらく。(手元の「顔出しキャプター衣裳7人集合」資料写真を指して)出来上がったこの写真は俺なんですけど、撮った覚えがない画像も結構あったんで。だから「プロデューサーの方々も、よく俺みたいなのを使ってくれたなぁ」って思います(笑)。
司会 キャプターのマスクは、かぶると、俳優さんの素顔が透けて見えますものね。
佐藤 ライトが当たると、余計に透けちゃうんでしょうね。
司会 劇中、キャプターマスクを開けてやるお芝居などは?
佐藤 あそこはもう絶対自分なんですよね。
司会 土忍スーツアクターの方は体型が細くて、変身前の宇津海仙さんの体型と全然違いました(笑)。
佐藤 この間の伴さんのお誕生日パーティーの席で、ファンの方が「土忍は変身すると、いきなり痩せるんだよね」って、言ってた(爆笑)。
司会 そしてうえださん、先ほどプロデューサーのお話が出ましたが、『キカイダー』を担当したプロデューサーの平山亨さんが、どのような方だったかをお教えください。また“ハンペン”こと服部半平役をいただいたときの想い出をお願いします。
うえだ そうですねぇ…。撮影している、仕事している時に平山プロデューサーと特別お話ししたことはありませんけども、後年平山プロデューサーと伴さんと僕とで、赤坂で出版イベントか何かをやったとき、「なぜ私(うえだ氏)が選ばれたのか」っていう話が出て。当時平山さんが「服部半平の役は誰がいいか」って、ある方に相談されたそうです。もう亡くなられた監督で渡辺祐介さんという方で、緑魔子さん(女優・石橋蓮司氏夫人)とかを世に出した人ですね。その方がね、何か別の仕事で私を使ったとき、「うえだ峻がなんか面白いよ!」って推薦してくれたんですって。その割にはその後、使われなかったですけどね(笑)。
堀田 渡辺祐介さん、有名な監督。
司会 “ハンペン”こと服部半平の役は、まさにうえだ峻さんの代表作です。
うえだ まぁ、 皆さんがそう言ってくれるのは嬉しいことですけども、今思うと、あの役は誰がやっても得な役でしたね。助監督さんや衣装さんとかが、何か楽しんでやってたから。「次はどんな衣装にしようか」とか、衣装部の方なんかもプラン出してくれたから。だからそういうこともあって、得をしましたよね。
得したというより、あの役は、うえちゃんだから出来たんだよ。うえちゃんのアイデアで「次はこういう衣装着て、こういうのを演ろう」とか、「こういう台本(ホン)だからこういうの着ようか」って自分で選んでやってたよ。
司会 服部半平(ハンペン)は、ほぼ毎回変装していましたね。
だから、うえちゃんは女装するのが大好きだったんだよ(笑)。やっぱり、あの役はうえちゃん でないと出来ない。
うえだ キカイダーが爆破されてバラバラになって、それ集めるっていう話(第42話)、真面目に芝居は演りましたけど、そういうところで、皆さんからの好感度が上がったみたいですね。僕はヒーロー物(のレギュラー)は『キカイダー』しか経験はないんですけど、あの頃の撮影は、今ならCG使って簡単だろうけども、とにかく大変でしたよねぇ。今考えたら楽しかったですけど(笑)。今でも忘れられないのはね、よく鉱山なんかに行って車(バイク)で走るでしょ? ある位置に車(バイク)が来るとバーン! と爆発して。あれね、当時は大変でしたよ。番組は違うけども、ある渓谷で『キイハンター』の撮影中、川を渡るって場面で役者が2人飲まれて死んだとか、そういう時代でしたよ。僕らが『キカイダー』演ってるときも似たようなことがあった。ギルの手下(アンドロイドマン)たちがキカイダーに投げ飛ばされて、海へボンボン落ちちゃうシーンのとき、スタントマンたちが本当に溺れてるのに、監督は彼らを助けないでそれを撮ってた。撮り終えたら「良かった! 良かったよ」って言って(苦笑)。スタントマンの人たち、本気で怒った! 怒ってたねぇ。あれは忘れられないね。…そのときの監督の名前、いま思い出した! 北村秀敏監督だ。ほんでスタントマンの人たちが陸へ上がってきて、みんな凄い勢いで北村監督を…。そういうことあったよなぁ。野蛮だからね、撮影が(笑)。
司会 万事におおらかだった時代というか…。現在では1970年代当時よりは、進んだ安全対策で、(スタントマンを含む)俳優さんたちが保護されているようですけども。
これは後から感じたことなんだけども、『キカイダー』が東映テレビ・プロで一番最初の特撮だったんだよ。まだ慣れてないというか、仕組みが出来てないし、それぞれが毎日毎日をアイデアでどういう風にやるか。いのくま(まさお)キャメラマンが一所懸命考えながら、「どうやって撮ろうか」って。そのうち相原(義晴)さんが入ってきたけど、毎日がそういう感じだったね。手探り状態というかね。だからもう、いのくまさんなんか体当たりだもんね。身体ごと撮影カメラ持ってるという。
うえだ 榛名湖(はるなこ)へ行ったときグライダーがあってさ、それに伴ちゃんが乗るのかなって思ったら、いのくまさんが自分で乗って(笑)。
空撮をやってるんだよ。あとから生田(東映生田スタジオ)へ行くと、慣れてるのが解るんですよ。「この現場は違うなぁ」って思った。生田は『仮面ライダー』で撮り慣れてる。機械的に撮っていっちゃう。こっち(東映テレビ・プロ)は割と苦労しながら手探り状態でやってたね。
司会 堀田さんにお訊きします 。色々な悪役を演じられた中でも、『キャプター』での2キャラクターは、非常にインパクトある部類に入ると思います。堀田さんは番組の中で、“風魔烈風”と“暗闇忍堂”という2人のキャラクターをお一人で演じられた稀有な存在ですが、どのようなお芝居で演じ分けをされましたか?
堀田 演じ分けって意識は全くないね。
司会 暗闇忍堂になってから、アクションがよりオーバーになりました。
堀田 自分が楽しかったからやったんじゃないかな(笑)。『宇宙からのメッセージ 銀河大戦』(1978年)で、(主役の)真田広之君と東映京都行って(コーガー団長役を)同じパターンで演じたら、山田稔さんはOKしてくれたが、東映京都の監督から「オーバー」「抑えろ!」って言われて。それがまたいい勉強になった。そんな葛藤も…。
司会 『キャプター』出演オファーのお話が来たときのことをお教えください。
堀田 いや、何となく流れで…。1970年代後半、ずっと流れできたような気が…。キング・オブ・アンチヒーローをね。(撮影が)終わって長靴を脱ぐと、底に汗が溜まっててね、「ああ、今日は美味いビールが呑めるなぁ」って。それが楽しみだったことも(笑)。俺は伴ちゃんのようにシャープじゃないから。全く周りが見えてない。主役ヒーローとアンチヒーローじゃあ、意識も全然違うのだろうけども。
司会 毎回風魔烈風や暗闇忍堂のメイクをなさるわけですけども、あれはご自身で?
堀田 いや、メイクさんに全てお任せ。
司会 スタジオ撮りが多かったと思われますが、交流のあった他の俳優さん、一緒に演じられて印象に残るゲスト俳優さんは?
堀田 いないなぁ…。撮影が終わると「飲みに行こう」って誘われるんだが、その前に独りになってビールを1〜2本飲んで、その日の反省と後悔と、台本見ながら独りで楽しむ時間が欲しい。自分勝手。協調性のない。昔から迷惑かけてきたんだろうけども…。
司会 少し『キャプター』からお話が逸れますが、今回、堀田さんが出演された最新映画「大怪獣モノ」(2016年)では、どのような役を演じられたのですか?
堀田 俺の役は、代々の総理大臣の相談役、“知恵袋”ってやつかな。主役の飯伏幸太(いぶし こうた)くんを教え込む。凄く面白い! いわゆる変身モノの作品に通じるところがある。平山先生に色々とやらせてもらったラインをまたやれる! 河崎実監督が面白がったよ! 昔の俺が演った、いろいろな役のイメージがあるみたい。その意識でやってた。面白い役ですよ。毛呂山町の観光協会の商工会にすごく(ロケに)ご協力いただいて。
うえだ “寄居町”ってよく行ったね。何であんなにロケに行ったんだろうね。
司会 寄居町は工事現場的な場所が多いので、崖があったり。
うえだ あの頃は一番手も二番手もなくて、早朝(現場)に呼ばれて。
司会 (『キカイダー』当時と較べ)現在もそんなには交通の便は変わっていないようです。
うえだ “吉見(百穴)”も行ったよね。
それ覚えてる。
うえだ (第24話)美人の司(美智子)さんて女優が演ってたんで、現場まで見に行った。
司会 モモイロアルマジロ人間態役のあの方の衣裳、今で言うボディコン風でした。
(劇中のボディアクションでは)クルクルクルって腰を振ってた(笑)。
司会 キャプターのメンバーについてのお話を伺っていきたいと思います。土忍キャプター4・黒川団役の宇津海仙(うつみ せん)さん。オープニングでマスクを取るときの存在感が凄い方です(笑)。
昔、ナベプロの系列で“スクールメイツ”っていたじゃない? 彼は歌の方の出なんだよ。そんな話を本人から聞いたことあるよ。
司会 “ブーチ”というお名前で、レコードを出していらしたとか。
そうそう、みんな彼のこと「ブーチ、ブーチ」って呼んでた。もともと歌手だからリズム感があるんだよ。リズム感があるからアクションとか好きで。あと車ね。キャデラックかなんかに乗ってて。アメ車に乗って撮影所へ来るんだよ。
佐藤 すごいデカイ車でしたね。ブーチさん太ってたから、あれぐらいデカイ車に乗らないと、国産車じゃ潰れちゃうから(爆笑)。
彼はそういう意味じゃ、割と垢抜けたイカした奴でしたよ。「やっぱりスクールメイツ出身だけあるな」と思いましたよ。
司会 革のベストやテンガロンハットなど、ファッションも個性的でした。
そう、全部自分で選んだんでしょうね。
佐藤 ブーチさん、日頃から胸元が大きく空いちゃってる感じの自前の服でキメてました。本人が太ってるからなのか、暑いからなのは判んないけど(笑)。あとブーチさん、ステーキ屋さんをやってたんですよね。当時俺は子どもだったから誘われなかった。自分以外の(レギュラー陣の)俳優は、ブーチさんから「俺の店に食いに来ないか?」って誘われてて、「みんな、ステーキ食べられていいなぁ」って思った(苦笑)。
司会 宇津海さんは、奥中惇夫監督演出の『柔道一直線』(第20話「かんぬき相撲に勝て!」)にゲスト出演されているのですが、その時は“岡田光宏”というお名前でした。
(佐藤氏に向けて)この間、三平(藤江喜幸氏=伍代参平氏 金忍キャプター5・大山昇役)の店へ行ったでしょ?
佐藤 はい、伴さんの知り合いの人に「三平(藤江氏)に会いたいんだよね」って言ったら、偶然「(藤江氏の)消息を知ってますよ」って方がいて。「何でそんなこと知ってるの?」って驚いた(笑)。
藤江くん、いたの?
佐藤 いた。会ってきました。最初向こうも俺のこと誰か判らなかったんだけど、「敬太だよ」って。それで三平と「久しぶりですねぇ」って話をして。
司会 それはお好み焼き屋さんですか?
佐藤 四谷3丁目にある居酒屋さんです。
俺に言ってくれりゃ良かったのに!
佐藤 「3〜5年くらい前に、芸能界辞めた」って言ってました。
司会 『キャプター』の後、『大戦隊ゴーグルV(ファイブ)』(1982年)でゴーグルイエロー役を演じられましたね。
佐藤 その話はしてました。
司会 イメージ的に保積ぺぺさんと間違えてしまいます。
佐藤 そういう方、結構多いらしいですね(笑)。
藤江くんのこと、平山さんが割と可愛がってたね。
司会 藤江さんは子役としてもキャリアが長かったですから。
それで藤江くんは芝居が出来たんだ。
司会 水忍キャプター2・四条左近役の琳大興(りん だいこう)さん。
この間彼に「『キャプター』の座談会があるから来い」って、電話しましたよ(笑)。そうしたら「ぎっくり腰で当分動けない。歩けない」って。今、彼は武術の道場をやってるんだよ。
司会 護身術の道場をやっていらっしゃるそうですね。2014年に“スーパーフェスティバル”(玩具・模型系イベント)のトークショーに、伴さんと出演されました。
なんか水忍と火忍のフィギュアが出てたよね。
司会 あのときは、イベントでどういったお話をされたのでしょうか?
まぁ、そうだねぇ、「水忍は当時人気があったね」なんて話をしましたよ。彼はクールな感じで女性に人気があったよ。『キャプター』で特に人気があったのは、水忍と風忍だよ。あとは堀田さんの暗闇忍堂。
司会 実際撮影時のアクションは、変身前の俳優の皆さんが?
佐藤 結構本人たち(変身前の俳優諸氏)がやってましたね。
俺はやってないけど(笑)。(高橋)一俊さんのところ(擬斗チーム「アクション企画」)のビーちゃんっていうスーツアクターに火忍に入っていただいて。殆ど彼がやってくれてるから、割と俺は助かった。
司会 各キャプターのスーツは常時2〜3着あったようですが、現場では変身前と後の俳優さんの2人が、同一スーツを着て互いに待機する…という体制だったのですか?
佐藤 そうですね。これ(マスク)上げる時は僕たちに代わるから。第26話過ぎた辺りから、「自分たちでスーツ着てやれ」って言われるようになったんです。「え〜、 怖いじゃん」って思っちゃって。3メートルくらいの高さの所から「飛び降りろ!」って監督から言われて、思わず「えっ!?」って(笑)。下にマットがあったから平気だったけど、「怖いし、出来ねぇし」と思いながらやって。よく解んないけど、なんか急に現場での方針が変わって「変身後のアクションも(変身前の俳優の)みんなでやれ!」って。
誰が言ったの?
佐藤 高橋(一俊)さんです。「(キャプターのマスクに)ライト当てて顔が段々透けて見えるようになっちゃってるから、なるべく自分達で演るようにしないとダメだよ!」って。そういう風に変わってきて、かなり怖い思いをしましたよ。
(怖い思いをしなかったのは)俺だけだよ(笑)。火忍はビーちゃんが演ってくれた。
堀田 中屋敷てっちゃん(中屋敷鉄也氏 現.中屋敷哲也氏)も演ってたの?
彼は『キャプター』の現場には来なかったね。たしか中屋敷さんと文ちゃん(中村文弥氏)は来なかった。小沢君とかビーちゃんとか、もう一枚下のランクの奴らが来てた。
司会 オープニングに(“若駒”所属の)車邦秀さんのお名前がありました。
うん、いたね。車くんはNHKでしか会わない。NHKへ行くといつも彼に会うね。あそこ(若駒)の連中、昔から大河ドラマに出てるでしょう?
司会 堀田さんが不知火太郎役で出演していらした『アイアンキング』は、殺陣師の高倉英二さんの下、加藤寿さんをはじめ、若駒の皆さんが擬斗チームで出演していらっしゃいました。
堀田 そうでしたね。(大野剣友会所属の)文ちゃん(中村文弥氏)は若くして亡くなった…。
『イナズマン』の時も(スーツアクターは)文ちゃんだもん。だけどみんな亡くなって、証言する奴がいなくなっちゃって。車くんとは一番よく話をするよ。
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