東和泉3丁目/猪方4丁目
『レッドバロン』第15話、健を追跡する哲也・真理はジープで小田急線・和泉多摩川駅付近を通過する。画像右のビルの前を平行に通る“和泉多摩川通り”は、40年前まだ存在していなかった。
同じく哲也・真理のジープが駅前付近から多摩川河川敷へ向かうルート。劇中、ジープの左後方に“堀田チキン”の看板が見え、1973年度版住宅地図と照合したところ、店名・路地の構造とともに合致したため、ロケ地が特定できた。
“東和泉3丁目/猪方4丁目”レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第15話、鉄面党の策動により殺人犯の汚名を着せられた紅健は、やむを得ず逃走する。事件の裏に敵の暗躍があると気付いた大郷ボスは、敢えて健を解放し、SSIメンバーに健を追跡させる。遂に河川敷の一角に追いつめられた健は、バロンを呼び寄せSSIと対峙するが…。“狛江市役所東通り/猪方3丁目商店街”と併せて、狛江市内数カ所で追跡シーンが展開される。
哲也・真理のジープは奥から手前の進路を直進。大作のバイクは右側のスペースから出て来て、ジープと合流する。当時、右側の土地は“多摩コンクリート・泉興産”というブロック製造会社だったが、現在は既になく、学生寮に姿を変えている。
ジープとバイクは多摩川土手下(車止めの手前)で合流し、逃亡中の健がいる多摩川河川敷へと向かう。
川崎方面を逃亡していた健は、SSIの包囲網により狛江市猪方4丁目の河川敷まで追いつめられた。健の現在位置を把握した哲也・真理は、ジープで小田急線・和泉多摩川駅付近から住宅街を経由、バイクで移動中の大作と多摩川土手下で合流する。健は多摩川土手を逃走していたが、大作のバイクに気づき、河川敷方向へ移動。
大作のバイクが走っていた土手もアスファルトで固められた。画像の上半分は現在の小田急線の高架(右が新宿方面)。撮影当時は土手と線路が交差していた。アングル的には当時の踏切前の位置。
その直後のシーン、健の背後に“宿河原堰”と柳の大木が確認できるが、これらはかなり下流にあるため、地図上で健はいつの間にか小田急線鉄橋の反対方向から走ってきたことになる。おそらく鈴木清監督が、画的に堰と柳を必要としたうえに、健の走る尺を要したための措置と思われるが、全く違和感を感じさせない編集を行っている。
当該回の撮影は1973年6月上〜中旬と思われる。背景の“宿河原堰”は1年3ヶ月後の1974年9月2〜3日、台風16号の被害を抑制する緊急措置のため、自衛隊によりダイナマイトで爆破されている。
劇中、健は大作のバイクを避けるため、土手から河川敷方向へ駆け下りる。40年前、土手沿いの建築物は企業の社宅だったが、現在は分譲マンションになっている。
哲也・真理・大作の三人が、レッドバロンに搭乗した健を制止する河川敷。当時、画像左後方には“宿河原堰”と柳の大木があった。鈴木清監督は紅健役の岡田洋介氏を画像左から右方向へ走らせ、また右から左方向へ走らせ、両カットを繋げた。
狛江市東和泉3丁目、哲也のジープが移動する2シーンと、大作のバイクが移動する2シーン。同市猪方4丁目、哲也と大作が合流するシーン、多摩川河川敷に於ける健の一連のシーンは、全て400メートル圏内で撮影されている。
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