京浜工業地帯
『レッドバロン』第15話、工業地帯の線路を渡って逃亡を続ける健を(上画像)、哲也・真理の乗るジープが埠頭で追い詰める(下画像)。埠頭は一般立入禁止のため、今回やむを得ず、劇中キャメラアングルとは正反対の位置から撮影した。手前の線路は“神奈川臨海鉄道浮島線”。この埠頭シーンは、数秒で操車場シーンへと切り替わる。
“京浜工業地帯”レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第15話、デビラー総統は市井の人々の中にメカロボ(人間態)を紛れ込ませ、紅健を殺人犯に仕立てることに成功した。ひいてはSSIメンバーに健を射殺させることで、レッドバロンを只の“鋼鉄の塊”にしようという魂胆だ。
世田谷区“希望ヶ丘団地”、横浜市青葉区“元石川郵政団地”“たまプラーザ団地”と、三つの団地を逃亡する健が、次に現れたのは川崎市川崎区の工業地帯だった。
京浜地帯の工業化は1899(明治32)年、大師電気鉄道(現.京浜急行電鉄)の開業が先駆けになるが、1908(明治41)年から始まる臨海地帯埋立事業が決定打になった。大正・昭和初期、現在の川崎市大川町・白石町・扇町など6箇所の埋立造成地に、昭和石油・三菱石油・日本鋼管などの大企業が進出し、製造業を主体とした工業地帯が形成された。戦時中は埋立事業は中止されていたが、戦後は水江町・千鳥町・浮島町など5箇所の埋立地に、石油化学・物流・製造関連企業が進出、現在の川崎港が形成された。
『レッドバロン』第15話は、千鳥町・浮島町で撮影が行われている。
劇中、健の背後に映り込んでいた“東芝のネオン看板”は41年経ち、企業名の意匠と配色が変わった(1973年当時は漢字表記で赤地に白文字)。中央の芝生スペースがかつての“浜川崎体育館”で、2年前に解体された。
浮島線に隣接する“東芝浜川崎工場”。1972年度版住宅地図で確認したところ、手前の倉庫は41年前にはなかった。“東芝”社員の方によれば「会社の前の線路は『あぶない刑事』の撮影で使われていました」とのこと。
線路の遮断機を背景に、また赤地に白文字の“東芝”ネオン看板と“〜崎体育館”の文字を背景に走る健。所在地は現在“首都高速6号川崎線”や“浮島通り”と並行して走る“神奈川臨海鉄道浮島線”沿いだ。
2000年に周辺の線路がかさ上げされ、また2012年には“東芝浜川崎体育館”が解体されたため、劇中キャメラアングルを再現することは不可能だが、ロゴが変更された“東芝浜川崎工場”のネオン看板と社屋は、辛うじて健在だ。健は“東芝”の工場を背に北西方向へ走り、商店街へと逃げ込む。
健が渡った“浮島線”。劇中では遥か後方に“東芝”のネオン看板が見えた。画像右はSSIジープが走っていた埠頭に繋がる私道。
健を追う哲也・真理のジープが、貨物列車(浮島線)と運河の船舶を背景に埠頭を走るシーンは、前述の“健の線路沿い逃走シーン”と至近距離で撮影されている。ジープは健の渡る遮断機と“東芝浜川崎体育館”の間を流れる“多摩運河”(1973年当時“多摩水路”)沿い、および“上野輸送・川崎営業所”敷地内を走っている。
“浮島橋”上から多摩運河下流方面を望む。画像右がSSIジープが走っていた埠頭。左手には“東芝浜川崎工場”がある。
SSIジープが走った埠頭と“上野輸送・川崎営業所”社屋を、“浮島橋”上から望む。“浮島線”“浮島通り”“首都高速6号線”は並行して走っている。
2つのシーンは約150メートル圏内で撮影されている。大作のバイクが工場入口辺りから出てくるシーンのロケ地も、おそらくその周辺だと思われるが、残念ながら発見できなかった。
Bパートに登場するプラントは、“東芝”に隣接する“ゼネラル石油(現.東燃ゼネラル石油)”の敷地の一部と推察されるが、一般立入禁止のため考察できなかった。
京浜工業地帯を縦断する“首都高速6号川崎線(上)”と“浮島通り(下)”。左には“花王”の社屋と工場。逃亡中の健は右端に見える“浮島線”を渡った。
線路沿いを逃走する健の荒い息遣いと、熱波による画面の揺らぎと歪みから、視聴者は、逃亡者・健の切迫感とシンクロする心理に陥る。また、健を追うSSIジープが遠景から近景へ移動する時、目の錯覚により動きがやや緩慢になるため、貨物列車にその動きを代用させたうえ、近景の無機質なコンクリート地面に代わり、“円形のオブジェ”を近景に配置するなど、本エピソードでは特に、鈴木清監督の演出が細部まで冴えわたっている。
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