“浄蓮荘”跡/二百枚橋
↑“浄蓮荘”最寄の橋上から“猫越川(ねっこがわ)”を望む。清流では時折アマゴなどの美しい川魚が釣れる。物語冒頭、熊野警部がハイカーの遺体を実況検分した現場は、この付近だと思われる。



←第9話のロケ隊が宿泊した“浄蓮荘”の玄関付近。色褪せたプラスチック看板からも“25メートル温泉プール”が旅館の売りだったことが分かる。
“浄蓮荘”跡/二百枚橋レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第9話、山間の希望ヶ原河原で、数人のハイカーが遺体で発見された。事件解明のため動き出した熊野警部に、大作・真理は取材を口実に協力を申し出るが、熊野はそれを拒み、単身ウラン鉱への潜入を試みる。大団円、事件を解決に導いた熊野警部は、浄蓮荘の温泉プールに酒・つまみを浮かべ“独り酒”を満喫しようとするが、SSIメンバーや大助・ヨシ子たちはお構いなしに水泳大会を開始する…。
“浄蓮荘”玄関2階を正面から見る。ガラスは割れ、戸井は壊れ、日常的に雨風が屋内に吹き込んでいる様子が窺える。玄関前には関係者のものと思しき車が停められていたため、敢えてそれを避けるアングルで撮影した。
“浄蓮荘”は静岡県伊豆市(当時.田方郡)天城湯ヶ島町に、かつて存在した温泉旅館。伊豆箱根鉄道・修善寺駅から約10キロメートルの距離にある“湯ヶ島温泉”の猫越川(ねっこがわ)沿いにあったが、残念ながら現在は廃墟となっている(隣接する“グリーン天城”も同様)。
地元の方にお訊きしたところによれば、「浄蓮荘さんは10年以上前に廃業しました。JTBさん経由で約1万2千円でお部屋を提供していらしたようです。定員は70〜80名様。所有されていた25メートル温泉プールが、廃業より前の時期に壊されたかどうかは分かりません。現在はS館さんという業者さんが(浄蓮荘の廃屋を)管理しているそうです」とのこと。
第9話の撮影隊は、レギュラーメイン俳優陣、鉱山作業員役の“若駒冒険グループ”諸氏、ゲストほかハイカー死体役のエキストラ、福原博監督をはじめスタッフ諸氏を含めるとかなりの大所帯だったと推察される。おそらく施設定員の半数近い人数が、当時浄蓮荘に宿泊したことだろう。ただし、鈴木清監督演出回の第8話でも、第9話同様、天城湯ヶ島町と思しきシーンが散見されるので、第8.9話は一部ロケ地を同じくしての同時進行だったとも考えられる。
“浄蓮荘”玄関の右側面(上棟)にあたる箇所。おそらく従業員の宿泊スペースを確保するために増築したものと思われるが、経年劣化から建物自体が歪み始めている。
右側面(下棟)にあたる箇所。建物全体が蔓状の植物に覆われつつある。さらに下部には、劇中登場した“25メートル温泉プール”があったはずだが、位置と傾斜の関係から微塵も垣間みることはできない。
冒頭、複数のハイカーが遺体で発見された現場は、“浄蓮荘”の裏を流れる(第一級河川 狩野川水系)“猫越川”付近だと思われる。複数の川釣りブログなどで掲載されている猫越川河原の景色は、劇中のそれと酷似しているし、なにより“撮影効率”を考えると宿泊施設(浄蓮荘)から至近距離にある河川を撮影に用いる可能性は高いと思われる。その清流では時折アマゴなどの美しい川魚が川面に姿をのぞかせてくれる。
ハイカー死体役数人はおそらくエキストラだと思われるが、“経費削減”および“地元とのタイアップ”のためエキストラを使わず、天城湯ヶ島町の若者たち・浄蓮荘の縁故者などが、記念として死体役を買って出た可能性も捨て切れない。
猫越川の旧橋を下りて、対岸より温泉プールを確認。温泉プール跡も蔓状植物に覆われつつあるようだ。中央に見える白い三角屋根の建物は“東京電力 向原発電所”。劇中、水着姿のSSIメンバーの背後にも旧式の発電小屋が映り込んでいる。
前回の撮影から11日後、思い切って猫越川に入り“25メートルプール跡”の撮影を敢行する。前回は遠方の対岸から「温泉プール跡が蔓状植物に覆われつつある様子」を曖昧に俯瞰したが、今回間近で25メートルプール跡を撮影し、その荒廃ぶりに絶句した。「浄」「蓮」「荘」「温」「泉」「プ」「ー」「ル」の8文字8枚のスチール看板は既に外されており、看板を支えていた鉄柵やプールそのものを支える石垣は、雑木に隠され見えない。隣接する“東京電力 向原発電所”上部の垣根から、微かに見えたプールサイドは雑草で埋もれていた。事件を解決した熊野警部やSSIメンバーが、大助・ヨシ子たちとプール遊びを楽しんだ大団円のシーンが微笑ましいものだっただけに、余計に“41年後の残酷な荒廃ぶり”が胸を突く。
劇中、SSIメンバーが勢揃いし笑顔を見せていた(猫越川から観て)左プールサイドの辺り。画像左端に見える“向原発電所”は、屋根が貼り替えられ、壁がリペイントこそされてはいるが、建物自体は41年前のまま稼動している(内部の動力部については不明)。
猫越川から“25メートルプール跡”中央部を仰ぎ見る。このアングルで浄蓮荘の建物を観る限り、劇中(41年前)のそれと殆ど変わりない。「10年以上前に廃業した」との関係者のコメントが事実なら、それまで壁のリペイントは割合頻繁に行われていたと推察される。
猫越川から“25メートルプール跡”右プールサイドの辺りを仰ぎ見る。劇中、水泳大会でSSIメンバー達からリレーバトンを受けた大助・ヨシ子・八郎は、勢いよくプールに飛び込む。“独り酒”を決め込んでいた熊野警部も、辛抱堪らず“犬掻き”で泳ぎ出していた(笑)。
“浄蓮荘”玄関の右側面(上棟)から“向原発電所”を見下ろす。中央縦に写る金網の左側に、微かだが雑草で埋もれていたプールサイドが見て取れる。“浄蓮荘”の建物そのものは、既に経年劣化で歪んでいる。
ハイカーの遺体を確認した熊野が自転車で渡る橋は“二百枚橋”。浄蓮荘から距離にして約1.2キロメートル。希望ヶ原(設定上の地名)に駆け付けたSSI車輌もその後ここを渡っている。二百枚橋の歴史は古く、明治時代の絵葉書にもその姿(細い木造橋)が散見される。現在の二百枚橋は41年前の形状と何ら変わりない。41年前、熊野やSSIメンバーが通過した橋のたもとには、近年“テルメいづみ園”という源泉天然温泉宿泊施設が完成している。泉質はナトリウム・カルシウム−硫酸塩温泉。神経痛・筋肉痛・関節炎・慢性消化器病などに効能があるという。

テルメいづみ園
熊野警部の自転車やSSIの車輛が通過した“二百枚橋”を劇中と同アングルで望む。橋の形状は41年前と変わっていない。1960年竣工の“屈強な54年選手”だ。
劇中とは反対側のアングルから“二百枚橋”を望む。左端に写っているのが源泉天然温泉宿泊施設の“テルメいづみ園”。
“テルメいづみ園”建物全景。ロケ地探訪の折に立ち寄ってみては如何だろうか?
バブル景気の崩壊後、温泉客の多くは「宿泊料金が安く建物が新しいファミリー向けの温泉宿」を利用する傾向に移行していったと記憶する。そのような流れに資金的な裏付けをもって適応できなかった地方の温泉宿の多くは、同業者に買収されるか、もしくは“浄蓮荘”のようにひっそりと廃業する他なかったのかも知れない。もともと“浄蓮荘”があったエリアは、文学者・川端康成が「伊豆の踊子」を執筆した由緒ある場所で、川のせせらぎ以外の静寂に包まれた周囲の絶景は、若山牧水・梶井基次郎・井上靖らをはじめ、多くの作家たちに愛されていた。現在、一部廃墟となった旅館がある反面、“湯ヶ島たつた”さんのように大変良心的なお宿も多いので、機会があればぜひ“湯ヶ島温泉”へお出掛けいただきたい。

天城温泉郷観光ガイド
湯ヶ島たつた
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