“湯ヶ島坑”跡
真正面から見た“湯ヶ島坑”跡。劇中で見られた、トンネル奥に繋がる通路や作業小屋はもうない。トンネルを覆う土砂が脆弱であることは、容易に想像できる。
劇中、白地に黒文字で“湯ヶ島坑”と書かれていたスチール看板は錆びて、最早判読することができない。
“湯ヶ島坑”跡レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第9話、鉄面党のウラン鉱へ単身潜入するため、サイケな衣装とアフロなカツラに身を包んで隠密行動中の熊野警部。しかし折り悪く、山中で出会った大助・ヨシ子・八郎がメカロボに襲われたため、大助たちに正体を明かし反撃に打って出る。一方、熊野の後を追うSSIメンバーの前に、突如敵ロボット・ベスビオスY(OPと劇中表記では“ベスビオス”)が出現、アイアンホーク号を攻撃したため、健もレッドバロンで迎撃する。しかし頭部と右手から強力な破壊光線を発射するベスビオスYは思いのほか強敵で、バロンは土砂に埋まり身動きが取れない…。
更に入口に近付いてみる。劇中、SSIメンバーが勇ましく潜っていったトンネルも今ではコンクリートで固められ、中の様子は全く分からない。内部からは地下水が勢いよく湧き出ている(“水抜”の小字名は慶長年間の金採掘坑道の水抜に由来?)。
“湯ヶ島鉱山”は1597(慶長2)年から35年間にわたり、大久保長安石見守(江戸初期の代官頭。財政および鉱山担当の幕府奉行衆)により開発されたと伝えられている。慶長の時代は持越川の右岸に遊女屋街まであったという。1917(大正6)年に土肥鉱業株式会社が経営していたが、1957(昭和32)年に現在の中外鉱業が買収。ピーク時1943(昭和18)年の産出鉱は9,125トン、金産出量167キログラム。在籍人数ピークは1953(昭和28)年の80人。(『レッドバロン』の撮影が行われた)持越川左岸には民家・鉱山社宅・公会堂、(かつて遊女屋街のあった)右岸には民家・鉱山事務所が存在したという。
劇中、トンネルの上で鉄面党の幹部が罠を張っていたが、飛んできたバロンパンチであえなく瞬殺されてしまった。当時、画像の上辺りにあった小屋も解体されたようだ。
第9話のウラン採掘鉱シーンは、主に次の2箇所で撮影が行われている。熊野が潜入し、のちにSSIメンバー・メカロボの戦闘シーンが作業小屋の前で繰り広げられた“持越(もちこし)鉱山 持越鉱業所”。哲也・大作がトンネル内に拉致されていた熊野警部を救出後、SSIメンバー4人が鉄面党幹部と邂逅した“湯ヶ島坑”。
“持越鉱山 持越鉱業所”でメカロボに急襲されたSSIメンバーは各自得意技で応戦。哲也と大作はインクライン(貨物用ケーブルカー)で鉱山上部へ移動し、“湯ヶ島坑”と記されたトンネルを潜る。これも“編集のマジック”で、実際はインクライン(貨物用ケーブルカー)に乗る前のロケ地は“持越鉱山 持越鉱業所”、上り切って降車した後のロケ地は“持越鉱山 持越鉱業所”から5キロメートルも離れた“湯ヶ島坑”。福原博監督は違和感のないフィルム編集で2つのロケ地を繋げている。
“湯ヶ島坑”を囲む形で多くの作業小屋・事務所・休憩室などがあったはずが、見事なまでに更地となり、撮影当時の景色とはリンクし難い状況だ。
“湯ヶ島坑”に於ける撮影は、作業トロッコを用いた危険なものだった。SSIメンバーと熊野警部がメカロボの乗ったトロッコを回避するシーンは、タイミングを間違えればキャストが四肢を切断されかねないハイリスクがあった筈だ。
当該エピソードには「メカロボが真理のスカートをめくる」かの有名シーンがある。よく観ると、真理のスカートをめくったメカロボに対し、今度は大作が“金的”を食らわす際どい報復をしている。バロン座談会席上、真理役・牧れい女史は「頻発するパンチラ演出に困惑した」旨を語ってくださったが、多分にエロチックな演出は(是非は別として)、特に福原博監督と外山徹監督の回に多いように感じられる。
ここは数年前までご老人達のための“ゲートボール場”だったはずだが、現在は整備もされておらず、人が立ち入った様子も見られない。
劇中動画を精査するかぎり、SSIメンバーが潜入したトンネルは高さが2メートルはゆうにあり、身長180センチメートル近い加藤寿氏・保積ペペ氏ら俳優陣が楽々潜れている。現在は土地が1メートル以上かさ上げされたらしく、入口が縦に浅くなっている。身長180センチメートルの筆者でも、大幅に腰を曲げなければトンネル入口に頭がつかえる程の極端な“かさ上げ”だ。劇中トンネル上部に“湯ヶ島坑”と記されていたスチール看板の錆びて朽ち果てそうな風景が哀愁を誘う。
映像中、事務所と思しき建物があった場所は、土台と朽ちた階段を残すのみ。
撮影当時“湯ヶ島坑”坑内まで敷かれていた線路や周辺にあった作業小屋などは、数十メートル離れたホッパー(選別した鉱石を出荷まで貯めておくための機械設備)跡1箇所を除き、現在遺っていない。
なお序盤、自転車移動中の熊野警部を見かけた大助・ヨシ子・八郎が山中で飲んでいたのは、スポットCMスポンサーだった不二家の商品“ネクターオレンジ250グラム缶”(当時の標準小売価格70円)。同商品は第11話、真理の誕生会々場“成城テニスクラブ”のテーブルにもさり気なく置かれていた。第9話劇中、緊急に熊野を追いかける必要に迫られた大助・ヨシ子たちは、飲みかけの“ネクターオレンジ”缶を草むらにポイ捨てする。この描写は“パンチラ”と双璧にして教育上よろしくないかも知れない(笑)。
前回の撮影日より11日後の再取材日、トンネルから数十メートル離れた場所に鉱石選別小屋(?)と思しき遺構を発見した。木造部分とコンクリート部分が一体化した小屋で、後者部分には明らかにホッパー(選別した鉱石を出荷まで貯めておくための機械設備)跡で、2本の鉱石排出口が確認できた。
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