よみうりランド 海水水族館”跡
画像左手が“海水水族館(マリンドーム)”跡。現在はバーベキュー場になっており、多くの家族連れで賑わっている。尚、右手の建物では、現在もアシカショーが開催されている。
“よみうりランド 海水水族館”跡レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹×バロンロケ地調査隊

『レッドバロン』第1話、首都・東京で“万国ロボット博覧会”が開催されることになり、会場には各国が威信をかけ製作した、輝かしくも屈強なロボット群が運び込まれていた。折しも優秀なロボット工学の学者だけが誘拐される奇怪な事件が続発。日本の誇る高性能ロボ“飛龍”の製作者・紅健一郎博士が誘拐されることを危惧したSSIと弟・健は、ボディガードとして博士の護衛に就く。しかし敵ロボット・トロイホースは彼らの裏をかき、難なく紅博士の誘拐に成功する。全ての作戦を指揮していたのは、冷酷な鉄面党の機械人間・デビラー総統だった。
当時、“アニマルレスキュー(青い屋根)”の建物の向こう側にあった“水中劇場”は、野外劇場(現.日テレ らんらんホール)を逆さ扇に見て、10時の方向に位置する「世界で唯一の水中バレエ」の殿堂だった。
バロン座談会の“オーディオコメンタリー的鑑賞会”『レッドバロン』第1話鑑賞中、突然それは明らかになった。司会者の「デビラー総統の背景にある“水族館”のような場所は?」の問いに、鈴木清監督の応答は「よみうりランドの中にある水族館です」というものだった。“日本現代企画 狛江スタジオ”(現.狛江市和泉本町)から“よみうりランド 海水水族館(マリンドーム)”所在地である稲城市矢野口まで、直線距離にして約5キロメートル。許容される撮影移動距離としても申し分ないだろう。また“よみうりランド”と『レッドバロン』の放送キー局である日本テレビが、ともに読売グループの関連会社であったことも無関係ではないと思われる。
距離より何より、鈴木清監督が独自の美学に基づき構築した“映像効果”は、常にエキセントリックだ。小型のエイ・サメなど肉食魚がゆらゆらと泳ぐ水槽を背景に、幽かな光で浮き上がる眼光鋭いデビラー総統の姿は、己の欲望のため人類の生命と尊厳を食い散らかす、獰猛な肉食魚にも似た冷酷さと、圧倒的な不気味さを醸し出すことに十二分に成功している。また、後年『マッハバロン』に登場した“ララーシュタイン総統”(またも伊海田弘氏・鈴木清監督コンビ!)の「怒髪天を衝く」が如きデザインと演出が比類ないことは、もはや論を待たないだろう。
“よみうりランド”敷地内の南東には、日本テレビ所有の生田スタジオ“江戸の街”が存在した。かつては毎日のように時代劇が放映されていたものだが…。
『レッドバロン』劇中“鉄面党総統の間”として、およそ2クール(6ヶ月間)使用された“よみうりランド 海水水族館(マリンドーム)”は、1964年3月に開館、『レッドバロン』放送(1973年)から23年後の1996年12月に、惜しまれながら閉館した。
“海水水族館(マリンドーム)”はその立ち上げから紆余曲折があった。水族館建設にあたり水族館専門家が集まった事前会議では、「近くに多摩川があるのだから淡水水族館にすべき」という意見が大勢を占めた。しかし読売グループの正力会長は「だからこそ海水水族館にするのだ」と自説を曲げない。結局、海水水族館建設が決定され、距離的な側面(輸送距離片道56キロメートル)および水質調査結果より、神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎海岸の良質な海水が搬入されることになったという(オープン5カ月前の1963年10月15日、海水搬入開始)。1カ月後、大型水槽2ケースと小型水槽26ケースの海水は満杯になり、サメ・エイ・マダイ・タカアシガニ・ウミガメ・タコや海岸生物・南海生息魚類など、無数の種類が収容された。
“鉄面党総統の間”の背景に使用されたのは、サメ・エイなどが収容されていた大型水槽2ケースのうちの1ケース。シルバーの半球型屋根(ドーム)をもつ“海水水族館(マリンドーム)”は、その当時かなり先進的な意匠だった筈で、おそらくデビラー総統役・伊海田弘氏は、水族館の営業が終わった夜間、デビラーの腕と同色のシルバードームの建物を潜り、毎回孤独な撮影に臨まれたのだろう。
“よみうりランド 慶友病院”の建つ場所には、かつて“よみうりランドホテル”とモノレールの発着場があった(建物の右下が“海水水族館”跡)。モノレール風景は、1970年代の特撮作品で散見される。
余談だが、“海水水族館(マリンドーム)”にほぼ隣接する位置にあったのが、エリアナ・パブロバ門下でクラシックバレエを学ばれた近藤玲子女史が主宰する、水中バレエ団の“水中劇場”(通称“竜宮城”)。天知茂氏主演のテレビドラマ『江戸川乱歩シリーズ』などにも登場しているので、ご記憶の方も多いだろう。水中劇場は水深11.7メートル、水量4千2百トン(25メートルプール22個分)、千人の観客を収容できる巨大なものだった。
“海水水族館”開館から遅れること7カ月(1964年10月5日)、第一作の水中レビューとして「ようこそ竜宮城へ」が上演された。劇中使用された魚類などの水中電動道具は、実は円谷英二氏(と前年設立されたばかりの“円谷特技プロダクション”)が協力している。近藤玲子女史主宰の水中バレエ団は、結成から33年後の1997年12月1日に惜しまれながら解散。近藤女史もそれから12年後の2009年8月19日、脳腫瘍のため86歳で急逝された。
“よみうりランド”の顔である観覧車。これに乗って“海水水族館(マリンドーム)”跡や“水中劇場”跡を俯瞰で眺めて見るのは如何だろうか?
<2014年5月29日追記>
“よみうりランド 海水水族館”は、
『マッハバロン』第4話にも登場する。
15歳の頃の愛のトラウマ(泳ぎが苦手だったため、結果的に海で溺れた友人を水死させてしまった)を、村野博士から聞いた陽。“基地内の廊下”で佇む愛に「女だてらになんて、二度と言わないよ」と謝罪し、仲直りするシーン。
また、マッハバロンを操縦する陽のピンチを救うため、キスバード3号を墜落させ怪我をした愛が担架で“基地内の廊下”を運ばれる途中、陽は愛に「くたばるんじゃないぞ」と優しく声をかけ、愛も「くたばるもんか」と笑顔で返すシーン。
当該2シーンは、ともに“KSS海底基地”内の廊下という設定だが、海水水族館の水槽から見える魚たちと設定がよくマッチングし、違和感がない。ここが『レッドバロン』第1〜2クールで“デビラー総統の間”(海底でスタンバイする指令塔的飛行艇)として使われたことを考えると、何気ない“設定場所の効果”の素晴らしさに、あらためて驚かされる。
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