遠鉄ホテル エンパイア跡
(現.ホテル ウェルシーズン浜名湖)
2009年グランドオープンの“ホテル ウェルシーズン浜名湖”。ベランダ周辺、曲線で構成されたその意匠は、前身にあたる“遠鉄ホテルエンパイア”のそれを踏襲しているように見える。
“遠鉄ホテル エンパイア”跡レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第25・26話、SSI浜松秘密工場では、レッドバロンのニューバロニウムによるボディ強化をはじめ、7項目に及ぶパワーアップが施されようとしていた。“ホテル エンパイア”の一室で待機する矢沢博士と合流した大郷らは、博士から“7項目の秘密”を収めたマイクロフィルム入りブレスレットを託され、大郷はタイムロック式のそれを大作の腕にはめたが…。
遠州鉄道グループの“遠鉄ホテル エンパイア”は、高度成長期の1972年7月にオープン(『レッドバロン』放送開始のちょうど1年前)。浜名湖周辺ホテルのなかでも特にハイグレードな宿泊施設として永年愛されてきたが、2009年1月、36年の歴史に幕を閉じ、同年6月“ホテル ウェルシーズン浜名湖”としてグランドオープンを果たしている(解体と建設を同時進行したことで、“エンパイア”閉館から僅か半年での“ウェルシーズン”グランドオープンが実現した)。
“ホテル ウェルシーズン浜名湖”の正面には、道路を挟んで“ゆうえんち 浜名湖パルパル”のジェットコースター(メガコースター“四次元”)のレールが鎮座している。メガコースター“四次元”は『レッドバロン』撮影当時にはまだ存在していなかった。
矢沢博士の部屋に続く12階廊下の壁紙は、上品な葡萄色。劇中大作が見下ろしていた浜名湖の俯瞰図は、角度的に“ホテル エンパイア”の上層階から撮影したものと思われる。“ゆうえんち 浜名湖パルパル”で大助たちの姿を見かけた哲也は、大作に事情を聞くため、温泉入浴中の大作を訪ねる。大作が入浴していたのは、浴槽が段々畑のような形状をもつ“ナイアガラの大浴場”。
幸いにもロープウェイでデビラーに止めを刺されなかった真理は、哲也たちに保護されホテルのベッドで大事をとって休養する。真理に氷枕を宛てがう献身的な哲也の背後から、大郷と健が顔を出す。2人はドアから入ってきたのではなく、何故か調度品の裏手から出てくる。「“ホテル エンパイア”自体がSSI関連施設で、大郷と健は調度品裏手の秘密通路から出てきた」という裏設定描写なのだろうか? 真理の話から鉄面党が矢沢博士を狙うことを予感した大郷たちは、博士を保護するため部屋へ急ぐが、一足先にメカロボが急襲していた。何故か矢沢博士の部屋より、真理の部屋の方がグレードが高いようだ。
SSIユニフォームに身を包み、ホテルの庭園に集合した大郷・哲也・健・真理の4人。バロン改造の秘密を記した書類を奪ったメカロボを追うが、見失ってしまう。
“ゆうえんち 浜名湖パルパル”から“ホテル ウェルシーズン浜名湖”を望む。劇中、キングデビラーの破壊行為と“遠鉄ホテル エンパイア”全景が合成されていたのは、この辺り。SSIメンバーや大助たちは、ホテルエンパイアに接続する“立体通路”から、キングデビラーの蛮行を辛苦の想いで観ていた。
バロンを誘い出すため破壊の限りを尽くすキングデビラー。SSIメンバー・熊野警部・大助たちがそれを見つめる位置は、当時の“ホテル エンパイア”と“ゆうえんち 浜名湖パルパル”を結ぶ“立体通路”。“エンパイア”が解体されてしまったため、現在はその立体通路も存在しない。
矢沢博士にレッドバロンの緊急出動を訴える大郷だが、強化が不完全であることを理由に博士は消極的だ。SSI浜松秘密基地を守るため“シャドウ作戦”を提案する大郷。頷く健はレッドバロンで出動するが、キングデビラーの圧倒的な実力を前に退避をせざるを得ない。再出動した“レッドバロン(アルミニウム合金製のイミテーションロボット)”をキングデビラーのヘッドギロチンと分銅が襲い、バロンは炎とともに四散する。「紅い不死鳥は倒れた。鉄面党は勝利した!」と嘯くデビラーの前に、SSIはもう成す術はないのだろうか? 当該シーンが撮影されたのも前述の“立体通路”だ。鈴木俊継監督は、立体通路を近景として、ホテルエンパイアとキングデビラーの破壊シーンを合成している。
画像左は“ホテル ウェルシーズン浜名湖”、右は“ゆうえんち 浜名湖パルパル”のジェットコースター(メガコースター“四次元”)のレール。劇中、逃げる鉄面党ジープを大作運転のSSIジープが追跡した道路は、ここだ。
“遠鉄ホテル エンパイア”36年の歴史
ホテル ウェルシーズン浜名湖

<2014年5月24日追記>
・1965年5月、“遠鉄ホテル”がオープン。同年、浜名湖が国鉄周遊指定地となったため、集客の追い風となった。
・地元紙・静岡新聞(夕刊 1966年9月10日)レジャーガイド欄の記述によれば、当時“舘山寺遠鉄ホテル”の宿泊代は一泊2〜5千円。周辺11カ所の旅館・ホテルのなかでも最高級のお値段であった。
・1972年7月、“遠鉄ホテルエンパイア”がオープン。13階建て、収容規模1千名は、当時の地方ホテルとしては最大級のもので、各界から大きく注目を集めた。
・以下すべて『レッドバロン』撮影時の1973年度版“遠鉄ホテルエンパイア”パンフレットからの情報だが、ホテルエンパイアの客室(全室バストイレ付)は全198室。内訳は特別室2室、ツイン6室、和洋室118室、和室72室であった。
・大小宴会場は31室。小グループから500名まで対応可能であった。宴会客の前では“黒潮造りショー”と呼ばれる魚の解体ショーが披露されていた。ステージでは艶やかな台湾ガールショー、南太平洋ショー、郷土芸能“堀江太鼓ショー”、鬼面太鼓ショー“竜神の舞”などが行われた。
・『レッドバロン』第25話劇中、矢沢博士の部屋を訪ねる際に、大郷や哲也たちが通る煌びやかなホテルロビーが映り込んでいたが、当時のパンフレットにも「泉に映える光たち。赤じゅうたんと、吹きぬけの空間にのびる螺旋階段のすばらしい美の世界に、ひたってください」とのコピーが記載されている。ゴージャスなロビーが、売りのひとつであったことが分かる。
・劇中、大作が浸かっていた“ナイアガラ大浴場”は、殿方・御婦人用の両方が13階にあった。地上50メートルの大浴場からの浜名湖の眺望は、壮大だったことだろう。
・ホテル内には食事処として、レストラン“ミロワール”、大衆酒場“陣太鼓”、和風レストラン“潮路”などがあり、浜名湖名産のうなぎや、新鮮な海の幸を堪能することができた。
・大人の夜の遊び場として、館内には“お遊び広場(!)”というネーミングのゴーゴーを踊るスペース、バー“モンセリエ”、家族で楽しめるゲームセンター、コーヒーハウス“シャルダン”などがあった。
・館内には50〜1200名が利用できる多目的ホールがあり、大会議、展示会、発表会、披露宴、パーティーなどに活用された。
・『レッドバロン』撮影時1973年の宿泊代は、一泊3.5千〜8千円であった。これは当時、周辺25カ所の旅館・ホテルのなかでも最高級のお値段であった。
・1992年9月、大改装オープン。
・1994年5月、かんざんじ温泉が主な舞台となるNHKドラマ新銀河『湯の町行進曲』の第一次ロケがスタート。同年9月、ドラマ『湯の町行進曲』放送開始。集客の追い風となった。
・2002年、カナディアンロッキー風の湯めぐり“ダイダラボッチの湯”、バイキングレストラン“ルピナス”がオープン。
・2009年6月、“ホテルウェルシーズン浜名湖”がオープン。これはバブル崩壊以降、旅行形態が団体旅行から少人数・個人旅行へ大きくシフトしたため、団体向け仕様から個人・少人数のお客向けへ路線変更したもの。巨大な宴会場を有する団体向け施設というイメージと決別した。
・リニューアル工事において、ホテルエンパイア(13階建て)は新耐震基準に対応すべく、4階以上を取り除く“減築”を敢行し改装。8階建ての別館(“ゆめ座敷”)を“スカイコート棟”へとリニューアル。さらに庭園を有した4階建ての“ガーデンコート棟”を建設。
・“ホテルウェルシーズン浜名湖”オープンと併せ、“石景の湯”“桧香の湯”などの大浴場を新設、日帰り温泉施設“華咲の湯”もオープンした。
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