芝公園1丁目/芝大門1丁目
細い通路から出て来た熊野警部の自転車は、画像左手奥の“芝パークホテル”方向へ疾走する。劇中“芝パークホテル”手前に確認できる“勝田”の看板の掛かる建物は、瀟洒なオフィスビルになった。
劇中、自転車の進行方向左手に確認できる、“芝公園”の表記と“十仁病院”の広告を掲げる電柱も現存しない。
“芝パークホテル(現.本館)”は、当時(第二新館)の雰囲気を残しつつリニューアルされているのが分かる。
正式な住所は、横断歩道の右側が“芝大門1丁目”、左側が“芝公園1丁目”となる。
“芝公園1丁目/芝大門1丁目”レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹×ちゃうシンイチー×バロンロケ地調査隊

『レッドバロン』第10話大郷自動車修理工場で、大助と熊野警部から自転車修理を依頼された大郷は、その刹那、緊急シグナル点滅に緊張する。工場地下のSSI秘密基地で、北北東10キロメートル地点から発せられる怪電波を確認した大郷たち。新宿駅周辺のオフィスビルから放たれる謎の破壊光線と、敵ロボット・マウマウの攻撃で、ビルや自動車が次々と破壊されていく…。SSIの四隊員は直ちに出動。ただひとり基地に残った大郷は、健に「怪電波が北北東から北北西へ移動した」旨を告げる。
熊野が自転車で疾走する道は綺麗に鋪装され、街路樹の作る木陰が道行く人達のオアシスとなっている。劇中で“福音企業”の看板が確認できる右手の建物は取り壊されたが、奥の焦茶色の(道路を挟んで対になっている)ビルは健在だ(上)。

熊野がこの道を右折する際に映り込む駐車場は、今も“芝大神宮”の駐車場として使用されている。ビルに取り囲まれた一角で、駐車場の左手奥に見える日本家屋だけが当時を偲ばせる(下)。
熊野も愛車のサイレンを鳴らしながら縦横無尽に路地裏を疾走、現場に急行する。一方、SSIメンバーの車輌は新宿・十二社通り付近で交通渋滞に巻き込まれ、身動きが取れない。SSIと合流したゲンキンな熊野は、東京富士見坂のときと同じくSSI車輌と愛車を繋ぎ、省力化移動しようとする。芝大門〜芝公園を自転車で疾走する熊野のカットは、前後を西新宿の画(え)に挟まれているにも関わらず、何の違和感も感じさせない。
冒頭、熊野は自転車のパンク修理を依頼するため、大郷自動車修理工場へやって来る。大助に「ここは自動車修理工場だよ」とたしなめられた熊野は、悔し紛れに“バイコロジー”(自転車普及による公害防止論)を“バイコロリン”と発言、大郷や大助たちから笑われる。
右折した熊野の自転車は、一方通行の出口となる路地に入る。現在この場所は、映像とは逆に一歩通行の入口になっている(上)。

路地を少し進んだところで、点在するレトロな建物(廃業済)が気になり、1975年度版住宅地図で確認したところ、料亭が軒を連ねていたことが判明。流石は“芝大神宮”のお膝元といったところか…。現在でも料亭は存在するが、インターネットでランチ価格を検索するも、やはり庶民にはなかなか手が出ないお値段であった(下)。
“バイコロジー”(自転車普及による公害防止論)は、1971年、最初アメリカ合衆国内で提唱されたというが、翌年日本国内では、日本自転車普及協会などが“バイコロジーをすすめる会”を設立したためブームに火がつき、自転車生産量が一気に急増している。1973年、『レッドバロン』放送年に起きたオイルショックにより、“バイコロジー” はピークを迎えたが、当時番組メインスポンサーであった“日本空気販売(日本熱学工業の関連会社)”は、自転車業界の好景気とは正反対の厳しい状況に置かれており、第2クールいっぱいでスポンサーを降板した。
奇しくも1973年8月8日付・読売新聞テレビ欄に、熊野警部役・玉川伊佐男氏のインタビューが掲載されている。玉川氏は同紙のなかで「自転車が見直されている時代です。日本の警察ももう一度、自転車の良さをふりかえってパト自転車を実際に使ったらいいと思いますよ。公害はないし、ガソリンもいらないし、こまわりはきくし…」と、“バイコロジー” の有意性について語っている。
次に熊野の自転車が現れるのは、“芝大神宮”と隣接するビルとの間にある通路(公道ではない)。ここを走り抜ければ、“芝パークホテル”前の道に合流し、本レポート冒頭の画像へと繋がる。
本エピソードの舞台となった“芝公園”には、1393(明徳4年)、浄土宗第八祖酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人によって開かれ、のちに徳川家の菩提寺ともなった“増上寺”がある。名刹“増上寺”は近年、ハリウッド映画「ウルヴァリン SAMURAI」のロケ地として世界的に注目された。
『レッドバロン』坂井哲也役の加藤寿氏も、第10話の撮影から5年後、香港映画
「死亡の塔」(1981年日本公開)で“Gジャンの男(シャーマン・ラン)”を演じ、主人公ビリー・ロー(演.ブルース・リー&タン・ロン氏)とともに、この増上寺で大規模な葬儀シーンに出演している(加藤氏がヘリコプターから落下し死亡するシーンは、タン・ロン氏主演扱いの韓国版のみに使用され、ブルース・リー主演である国際版と香港版では設定が違うため存在しない)。
しかも加藤寿氏主役回の『レッドバロン』第12話、加藤氏演じる哲也がキラーQ(人間態)との追跡劇を繰り広げた“銀座”は、実は前述の映画「死亡の塔」で、加藤氏演じる“Gジャンの男”が、自ら運転する車で主人公を助手席に乗せて走るシーンのロケ地であった。
つまり加藤寿氏は、1973年撮影の『レッドバロン』(第10・12話)の複数のロケ地を、奇しくも1978年撮影の映画「死亡の塔」でも訪れていた…ということになる。ショウブラザーズ社直轄の長弓電影「鐵超人(マッハバロン海外版)」と、ゴールデンハーベスト社「死亡の塔」という名門ライバル社の両作品にわずか3年の間に出演するというウルトラCを経て、『レッドバロン』の舞台である“芝公園・芝大門〜銀座”に再着地するとは、“レッドバロン〜マッハバロン〜死亡の塔”を繋ぐファンタジーと言えよう。
以上の経緯から、加藤氏を“国際派俳優”と呼んでいるファンも少なくないが、作品記録的に別作品と捉えられる香港「死亡の塔」と韓国「死亡塔」を2作品と数えると、同時代に台湾「鐵超人」、日本「蘇る金狼」「野獣死すべし」に出演した氏を“国際派俳優”と呼ぶのは、あながち言い過ぎとは言えまい。
熊野警部が自転車で疾走する路地から徒歩数分の場所にある“増上寺”と“東京タワー”。
ここはひとつ作品・年代を超越して、熊野と“Gジャンの男”のニアミスを想像してみるのも楽しいかもしれない。
このページの先頭へINDEX