“狛江市立第四小学校”跡
“狛江市立第四小学校”跡(現.狛江市西和泉グランド)全景。左から順に、本校舎(1971年建設)、隣接する多摩川団地(E-70〜72号棟)付近の給水塔、手前より管理棟、“飛行機型”(十字星型)新校舎。なお、体育館とプールは新校舎の裏手に位置する。
“狛江市立第四小学校”跡レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹

今回紹介させていただくロケ地は、『レッドバロン』第7話、鉄面党が目論む“赤い風船作戦”の舞台となった“狛江市立第四小学校”跡だ。敷地の3方向は多摩川団地に取り囲まれ、残りの1方向は住宅地といった、特殊な立地である。
“狛江市立第四小学校”(1966年9月開校、2001年3月廃校)は、“日本現代企画 狛江スタジオ”(現.狛江市和泉本町2丁目)から直線距離で約1キロメートルと近距離であったため、比較的使い勝手は良かったと思われるが、その後何故かバロンシリーズでは一度も使用されていない(理由は不明)。
同じく、狛江スタジオから直線距離で約1.6〜1.7キロメートルの多摩川河川敷は、『レッドバロン』第4・20・29話他、『マッハバロン』第10話他・エンディング映像など、バロンシリーズで多用されている。狛江市立第四小学校は、多摩川五本松から直線距離にしてわずか約0.6〜0.7キロメートル。それを考えると、狛江スタジオ跡を中心円としてロケ地を探索していけば、狛江市内にはかなりの数の“日本現代企画作品ロケ地”が存在していそうだ。
劇中、熊野警部人形と朝礼台を使った交通安全教室が開講された“管理棟”前。現在は“狛江市西和泉グランド”および“狛江市西和泉体育館”の管理者詰所となっている。当日の撮影は施設管理者様の許可を得て行った。
“管理棟”の後方に位置する“飛行機型”(十字星型)新校舎。位置的に人物を絡めた撮影には使い難かったらしく、劇中煽りアングルで“赤い風船”が落下してくる1シーンのみに使用されている。新校舎を俯瞰で見ると、十字星が横3連で並んでいるように見える。
鈴木清氏は次のように語ってくださった。
「(脚本に則って)『今回はこういうシーンがあるから、こんな場所(ロケ地)がほしい』という要望を出して、あらかじめ“ロケ地候補リスト”を作っておいてもらうんです。最初から“ロケハンの日”がスケジュールに組まれていて、メインスタッフ全員でロケハンして、最終的に撮影で使うロケ地を決定します。“ロケハン”もチームワークです(笑)。」
第7話のロケ地が“狛江市立第四小学校”に決定したのも、『レッドバロン』スタッフ陣のチームワークの賜物だ。劇中“自転車刑事人形”(リカちゃん人形の改造 笑)と朝礼台を使った交通安全教室が開講されたのは、“管理棟”前。放送当時“管理棟”には玄関・下駄箱・職員室・放送室などがあった。
グランド中央で自転車教習が行われていたところ、突然屋上から“変身3点セット”(変身仮面・如意棒・マント)が降ってくる。場所は管理棟裏にあった“飛行機型”(十字星型)をした新校舎。猿の形態模写をする熊野警部の背後に映り込んでいる、エキセントリックなデザインの建物である。
団地(多摩川団地F-60号棟)側から見た本校舎。自転車教習中“赤い風船”を見つけた大助たちは、本校舎を背景にグランド中央へ急ぐ。取材当日はグランドで市内の少年サッカーチームが練習に励んでいた。
本校舎側から見た団地(多摩川団地F-60号棟)は、壁面リペイントや補強を施しながら40年前と変わらず機能している。劇中映り込んでいた団地(F-60号棟)手前の遊具類は、現在全て撤去されている。
さらに赤い風船が完全着地したのは、グランドを挟み、“飛行機型”新校舎や管理棟とは正反対側の団地(多摩川団地F-60号棟)前。アンドロイド小野先生(演.高樹蓉子女史)が大助たちに風船を手渡した登り棒遊具の場所、大助たちが“変身3点セット”を身に着けた木製遊具の場所も、ともに団地(多摩川団地F-60号棟)前だ。
余談であるが、小野先生役の高樹蓉子女史は『愛の戦士 レインボーマン』キャシー役と並行してのご出演。岩佐陽一氏の名著「レインボーマン大全」に、六鹿英雄監督インタビューが掲載されている。文中、六鹿氏の「4大女性幹部役の女優たちは色々あって。そこら辺はよくある話で、撮影では非常に気を遣いました」とのご発言には、実は深いニュアンスがある。
六鹿氏とのお付き合いは、1998年、『レインボーマン』プロデューサーである萬年社・衛藤公彦氏のご紹介に始まり、2004年11月に六鹿氏が逝去される(享年64歳)まで続いたが、生前まとまったお話を伺ったのは、およそ以下の内容だった。なお文中、六鹿氏の表記は“敬称略”とさせていただいた。
本校舎の左端に接続された非常階段。『レッドバロン』撮影当時は黒ペンキで塗装されていた。非常階段を支える土台コンクリートは劣化し、既にひび割れている。第7話ラスト、熊野警部とSSIメンバーたちがバドミントンに興じる大助たちを見守るシーンはここで撮影された。
六鹿:4人(山吹まゆみ・高樹蓉子・藤山律子・皆川妙子の4女史)はね、皆、非常にライバル心が強くて、当然女優としてのプライドも高かった。そんな彼女たちを人心掌握して、撮影をスムーズに進めるための秘訣が一つだけあった。君にはその“一つだけの秘訣”が解るかな?
奥虹:…(他の女優さんたちにはない)その女優さんだけの個性を見つけて、誉めて伸ばしてあげることですか?
六鹿:勿論、それも大事なことだけど。でもそれを現場でしたら(近くで見たり聞いたりした)他の女優が嫉妬心を抱いてしまう場合があるから(苦笑)。“秘訣”はね、毎回撮影で最低一回は各女優の見せ場を、それぞれしっかりつくってあげること。しかもフィルムの尺(映っている時間)をなるべく同じにしてあげること。たとえ、ホン(脚本)を書き換えることになってもね。
奥虹:六鹿監督が保管されていた貴重な台本を全て拝見しました。ほぼ全ページ、ペンで“真っ黒”に改稿が施されてました(笑)。脚本家の方々が書かれた内容と比較しても、かなり変更されたシーンが多いのですが、川内康範先生や(萬年社プロデューサーの)衛藤公彦さんからクレームはなかったのですか?
六鹿:衛藤さんは盟友だし、川内先生は何でもズバズバ意見する生意気で反骨的な僕を、かえってとても可愛がってくださった。だから(『レインボーマン』という物語の)全体の流れを大きく変えて(逸脱させて)しまわないかぎり、僕を信用して(改稿と演出を)任せてくれたね。
奥虹:第40話、当初の脚本では、レインボーマンに一度は倒された“魔女イグアナ”が蘇る内容でしたが、塩沢ときさんのご事情で、再出演が不可能になってしまいました。
六鹿:そうそう。それでイグアナの母親(ゴッドイグアナ)が、娘の仇をとるために蘇る話に書き換えて、曽我(町子)さんに出てもらったのよ。
奥虹:それから第32話。当初の脚本では、ダッシュ3(水の化身)がジェット水流で改造人間パゴラを攻撃する描写だけだったのに、六鹿監督は、ダッシュ5(黄金の化身)からダッシュ2(火の化身)、さらにはダッシュ7(太陽の化身)に化身を繰り返す攻撃へと改稿されました。
六鹿:そうすると、敵(改造人間パゴラ)の強さが際立って、その後の展開まで一気に引っ張っていけるでしょ(笑)?
奥虹:なるほど(笑)! 同じ第32話、高樹(蓉子)さん演じる古参幹部・キャシーと、アフリカ基地から来た、皆川(妙子)さん演じる新幹部・ロリータの軋轢は、観ていて、すこぶる緊張しました。しかも当初の脚本では、(実はスキンヘッドのキャシーとアフロヘアのロリータによる)“カツラ飛ばし合戦”シーンは存在していませんでした。
六鹿:(“カツラ飛ばしシーン”は確かに)あったね。たしか、僕は『ワイルド7』でも同じこと(敵・ブラックスパイダーの女性幹部のカツラを飛ばして、スキンヘッドを露出させる演出)をやっているよね(笑)。
奥虹:当初脚本にはなかった、キャシーに“オイルの涙”を流させる演出も、六鹿監督のアイディアでした。第45話、レインボーマン対サイボーグ・キャシーの最終対決演出も、かなり緻密で念入りでした。“六鹿監督演出回全話”を観ての個人的感想ですが、六鹿監督は、キャシーというキャラ、もしくは高樹(蓉子)さんに対して、かなり思い入れがおありだったのではないでしょうか?
六鹿:女優としては、4人(山吹まゆみ・高樹蓉子・藤山律子・皆川妙子の4女史)とも、まだまだ巧いとは言えなかったけど、皆、同じように可愛いと思って接していましたよ(微笑)。
“飛行機型”(十字星型)新校舎の裏手にある、“狛江市立第四小学校”の体育館全景。取材当日は館内で、市内の女子バスケットボールチームが練習に励んでいた。
“狛江市立第四小学校”体育館内部。『レッドバロン』オープニングと第1話がこの場所で撮影されたかどうかは、まだ十分な検証の必要がある。撮影の際、お話させていただいたバスケチーム引率の保護者さん(男性)は、偶然にも『レッドバロン』放送年(1973年)のお生まれとのこと。
また、鈴木清氏は言う。「先生役の高樹(蓉子)さんのことは、よく覚えています。危険な弾着なんかにも果敢に挑戦してくださったのでね。だから、その後の僕の作品にも何回か出てもらっていると思いますよ」。
※編者註:高樹蓉子女史はその後、鈴木清氏の以下の作品に出演している。『少年探偵団(BD7)』(♯18「涙を流すマリア像」秋吉くみ役、♯20「歌うヴィーナス」ホテル支配人役)、『小さなスーパーマン ガンバロン』(♯5「怪人ドワルキン! 怒りの挑戦状」、♯6「大ピンチ! あばけ悪魔の正体」光月てる美役)。

大幅にずれた話を元に戻そう。“赤い風船”事件が解決し、風船の呪縛から開放された大助たちはバドミントンに興じ、(本物の)小野先生(高樹蓉子女史)は笑顔で審判を務める。その微笑ましい様子を本校舎(1971年建設)の非常階段から見守る、熊野警部とSSIメンバーたち。熊野警部・SSIメンバーが大助たちを懲らしめるため撒いた、無害の“赤い風船”が着地したのは、これまた団地(多摩川団地F-60号棟)前のジャングルジムだった。一部アングル的に、当該団地の階段付近や屋上から撮影されたシーンがあるかも知れない。
劇中、グランド内に確認できるプレハブ校舎(1室)は、“狛江市立第四小学校”が多摩川団地を校区とするため、多子化対策で建設された。『レッドバロン』放送終了年(1974年)の学校記念誌を紐解くと、プレハブ校舎は更に増築され、全5室となっている。
多子化の後に訪れた避けようのない少子化を原因に、狛江市内でも一部の小中学校が統廃合された。“狛江市立第四小学校”も2001年3月に廃校となり、35年の歴史に終止符を打った。
廃校後の第四小学校は、現在“狛江市西和泉グランド”“狛江市西和泉体育館”として、狛江市民に広く活用されている。“西和泉グランド”では少年野球・ソフトボール・少年サッカーなどが、“西和泉体育館”ではバレーボール・卓球・ビーチボールなどが行われている。なお、グランド・体育館ともに、事前に市民総合体育館で団体登録を行えば、市外の団体でも使用が可能とのこと。
バロン座談会において、牧れい女史や(第7話演出の)鈴木清監督が「『レッドバロン』オープニングと第1話は、狭い小学校の体育館で撮影した」旨、証言してくださった。今後具体的な検証が必要ではあるが、“狛江市立第四小学校”体育館が(『レッドバロン』)“オープニング”と“第1話”のロケ地である可能性も考えられる。
“狛江市立第四小学校”正門跡と、在校生が卒業記念に制作したと思われるトーテムポール、および剥がれた陶芸プレート。少子化のため廃校になった懐かしき母校を訪れるとき、卒業生たちは何を想うのだろうか?
狛江市西和泉グランド
狛江市西和泉体育館
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