銀座1〜6丁目
シーンの冒頭、仰望→目線レベルへと徐々に全貌を現す4丁目の“三越”は、ほぼ当時のままの姿。当時、1Fにテナントとして入っていた“マクドナルド1号店”は、1984年に撤退・移転した(上)。

銀座4丁目付近に現れた哲也は、中央通りを新橋方面から手前(3丁目方向)へ歩く。また、Uターンした哲也(の視線)は新橋方面へも進む。激しく揺れ動く映像は、まるで哲也の内心を物語っているかのようだ(下)。
“銀座1〜6丁目”レポート
レポーター◎バロンロケ地調査隊×ちゃうシンイチー×「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第12話、キラーQの洗脳が解け、“(正和)ビル”を後にした哲也は「必ず自分の手で敵を見つけ出して倒す!」と固く決意していた。多くの人々が行き交う銀座の歩行者天国で、ようやくQを探し出した哲也。Qは哲也の放つ鋭い殺気から彼の尾行に気づき、逃走を図る。歩行者天国〜裏路地〜歩行者天国〜裏路地。巧みに逃走経路を変えるQを哲也は見失ってしまう。
日が暮れてもひたすらにQを追い、波止場・鉄道操車場・場末の酒場に出没する哲也の執念を目撃した熊野。哲也への温情から「狙撃犯はわしが捕まえる。君はSSIへ帰ったらどうだ」と問いかけるが、哲也はそれにすら一言も答えず、再び姿を消す。
夜通しの追跡に疲れ、立ち止まり、ふと見上げたビルの一室にQのシルエットが映し出されていた! 神速をもって階段を駆け上がる哲也。その一室はまさに、哲也が自動車セールスに訪れ洗脳の罠にはめられた、あのいわく付の部屋だった。ガラスの灰皿に置かれた煙草からたゆたう紫煙。たった今この場所にQがいたことは間違いない。
白い外車で逃亡するQの動きを、微かなエンジン音から察知した哲也は直ちにジープで追跡する。深夜の首都高〜明け方の中央道でのカーチェイスを経て、遂に哲也はQを採石場へと追い詰める。
哲也は4丁目の“山野楽器”を背景に、Qらしき人影を見付けるが、すぐに見失ってしまう。映像中、「安西マリア サイン会」の看板を掲げていた“山野楽器”は、現在も同地で営業中(上)。

Qが最初に姿を現す3丁目の“東京銀行(現.ルイ・ヴィトン 松屋銀座店)”前。建物は変わっても、区画がそのままなのは嬉しい限りだ(下)。
銀座3丁目付近を中心に、半径約300メートル圏内で繰り広げられる追跡劇。
驚くことに、哲也が(正和)ビルを後にしてから、夜の公園で熊野に話し掛けられるまでの約3分間の音声は、雑踏のざわめきと靴音、効果音だけである。そんな中、哲也の唯一の独白となる「あの女だ!」が、街中を彷徨う哲也の視線と相まって効果的に響く。キラーQを追跡する哲也の心理状態が、科白ではなく絶妙なカット割で描かれる(子供番組では)斬新な演出を、改めてご堪能いただきたい。
Qを見失った哲也(の視線)は、5丁目の“鳩居堂”前付近から左右に振れながら京橋方面へと向かう。
Qを見付けた哲也が身を隠す4丁目“和光本館”の柱陰(上)。

柱陰よりシャッターを背にしてQに銃口を向ける
も、通行中の母子に遮られて狙撃を断念する(下)。

現在の“和光本館”は1932年に完成したネオルネサンス調ビルディングで、2008年に(竣工以来初となる)全面改装工事を行った。2010年10月までは日曜・祝日が休館だったため、銃口を向ける哲也のシーンは、閉じたシャッター前での撮影となっている。
哲也とQ、それぞれの動線を時系列で詳しく追ってみる。
【哲也】中央通り(4丁目の“三越”前付近を東西双方向に歩く)→4丁目の“山野楽器”を背景にQらしき人影を確認→Mobilの看板が掛かるビル下を通過→中央通り(5丁目の“鳩居堂”前付近より京橋方向へ視線を向ける)→喫茶店(ウィンドウ)前でQを見付ける→4丁目の“和光本館”陰よりQに銃口を向ける→5丁目の“名鉄メルサ”“文明堂”を背景にQを追い詰める→逃げるQを追って6丁目の“クロサワ”角を曲がる→路地裏から1丁目の“幸稲荷神社”前へ出る→Qを追って駐車場のフェンスを乗り越える→中央通り(歩行者天国の人混みを縫ってQを追う)→路地裏・ガード下(Qを追う)→中央通り(新橋方面から4丁目交差点方向へ歩く。3丁目交差点付近より“三和銀行”方向へ、4丁目付近で歩行者天国を往来する人達へと目まぐるしく視線を移す)→3丁目のキャバレー“白いばら”前で上着を羽織る→中央通り(京橋方面を背景に3丁目付近を歩く)→レストランのディスプレイ前でパンを齧る→柳の下で水を飲む
【Q】3丁目の“東京銀行”前に姿を現す→2丁目の“名鉄デパート”前で哲也に発見され、銃で狙われるも気付かず→3丁目の“松屋”前を通過した直後に振り返り、初めて哲也の姿に気付く→走って6丁目の“クロサワ”角を曲がる→路地裏を抜ける→駐車場奥の道を走り抜ける→中央通り(歩行者天国の人混みを縫って逃げる)→路地裏・ガード下を逃げる
このようにカット数の差からも、ストーリーが哲也の目線で進行していることは一目瞭然だ。
Qは2丁目の“名鉄デパート(現.メルサ Ginza-2)”前で哲也に発見され、銃口を向けられる。外観は当時と然程変わっていない(上)。

Qは気付かず歩を進め、3丁目の“松屋”前を通過。そこで振り返り、初めて哲也の視線に気付く。こちらは外観に当時の面影なし(下)。
『レッドバロン』のクランクインが1973年4月初旬。鈴木清監督の証言によれば、バロンシリーズは“2話1セット10日撮影ペース”とのことであるから、そのペースが堅持され、且つ放送が撮影順になされているのであれば、第12話(9月19日放送)は1973年5月下旬〜6月上旬の撮影と思われる。しかし第12話劇中、銀座歩行者天国を行き交う人々の服装は長袖2割と半袖8割で混在。そのうえ劇中、Qを追う哲也の背後(山野楽器)に「サイン会とレコード即売会 東芝レコード所属 安西マリア」の看板や、「涙の太陽」(1973年7月5日発売!)ロゴや安西女史のスチル写真を用いたポップ看板が確認できることから、第12話は7月上旬の撮影で、高野宏一監督回である第14話(10月3日放送)と並行しての撮影だったと推察される。因みに安西マリア女史のファーストシングル「涙の太陽」は、のちに50万枚を超えるヒット曲となり、安西女史は第15回日本レコード大賞新人賞を受賞している。
哲也は5丁目の“名鉄メルサ(現.ニューメルサ)”“文明堂(ニューメルサ内にて現在も営業中)”を背景に、Qをじわじわと追い詰めて行く(上)。

6丁目の“クロサワ商店”の角を曲がり全速力で逃げるQを、哲也もまた全力で追う。“クロサワ”は1901年創業の事務用機器・通信機器を扱う商社。現在の建物は1980年竣工で、店舗営業はしていない(下)。
キラーQ役の水木梨恵女史は、東映制作のドラマ『アスファルトジャングル』(1965年)出演を経て、1965〜66年東映本編4本で主に逞しく生きる水商売系の女性を演じている。また東映怪奇ドラマ『悪魔くん』(1966年) 第6話では妖艶なバレエ教師を好演。1967年以降は松竹・東宝の本編と、(1967〜1976年の9年間に)東映制作刑事ドラマ『特別機動捜査隊』18本にゲスト出演している。おそらく水木梨恵女史はデビュー時には東映専属女優で、その後東映を離れ、芸能事務所に所属し活動の場をテレビへ移したのではないだろうか。1976年を最後に出演作が見当たらないことから、水木女史はその頃引退したと推察される。
逃走するQを追う哲也は、路地裏から1丁目の“幸稲荷神社”前へ出る。
再開発に伴う社殿建替えのため、2013年3月にご神体を日枝神社に(一時)遷座した“幸稲荷神社”は、2015年夏頃に新社殿の建立を予定しているとのこと。
Qを追って哲也がフェンスを乗り越えた2丁目の駐車場跡。景色は一変しているが、境界の縁石だけは当時のままのようだ(上)。

Qが走り抜ける駐車場奥の道。映像中“SALON DE CAFE MOCHA”の看板を掲げる建物は、煉瓦造り風のビルに建替わっている(下)。
芝公園1丁目/芝大門1丁目”レポートでは、『死亡の塔』とのロケ地ニアミスを軽く考察するに止まったが、ここへ来て、第12話に登場する“羽田空港”“芝公園/芝大門”“銀座”の3カ所が、『死亡の塔』のロケ地でもあると判明! 最早偶然では済まされないこの状況を受け、今回は若干前のめり気味(笑)に考察していきたい。

銀座を往く哲也(加藤寿氏)…と来れば、忘れてはならないのが、香港映画『ブルース・リー 死亡の塔』である。 数多ある松田優作共演作と共にサブカル・マニアから(登場時間は短いのに)加藤氏の代表作と目されている。
本編後半の主人公、ボビー・ローの来日を羽田空港に迎えに行った加藤氏扮するシャーマン・ランは、「死亡の塔」の秘密を知ると言う自らの師匠の元へ、ボビーを車で案内する。その道中で現れるのが、ここ、銀座なのである。羽田空港から銀座通り(中央通り)を通って、結局どこへ行ったのかは今もって謎なのであるが、ここではその銀座の位置を特定してみたい。
この車での移動シーン。実は、全体で40秒しかないのだが、最初の12秒は香港で追加撮影されたもので、香港の公道で撮影が行われている。当然、加藤氏はいないためシャーマンの顔が映らぬ様に工夫して撮られてはいるが、驚くことに後ろから見た加藤氏のスタンド・インの髪型はご本人ソックリなのである。主役俳優、Bリーのスタンド・インの髪型が悲惨なほど違うと言うのに(泣)。やはり“国際派俳優・加藤大樹”に敬意を払った故であろうか(嘘です)!?
路地裏→歩行者天国→路地裏→ガード下と巧みに逃走するQを追って中央通りへ戻った哲也は、新橋方面から手前(4丁目交差点方向)へ歩く。映像で左手に見える5丁目の“松坂屋”は2013年6月30日に閉店、建物は既に解体されている(上)。

3丁目交差点付近から“三和銀行(現.三菱東京UFJ銀行)”方向へ、歩行者天国を往来する人達へと、哲也の視線は目まぐるしく移動する(下)。
さて、次のカットからは銀座が映る。先ずは4秒間、シャーマンが車を走らせている俯瞰映像が流れる。場所は、銀座6丁目から7丁目辺りの銀座通り(中央通り)。“銀座ガスホール(現.ギンザ ジーキューブ)”から、“日本楽器 銀座(現.ヤマハ銀座ビル)”を過ごして“三菱銀行 銀座支店(現.三菱東京UFJ銀行 銀座通支店)”方面へと流れていく。
そして、次のカットでは遂に、ボビー・ロー役のタン・ロンと我らが加藤氏による、日本人で唯一の二人だけの伝説の対話シーンが展開されるのである。時間にして23秒程度だが、加藤氏は自分で車を運転し、更には日本語(加藤氏)と韓国語(タン・ロン)で会話をしているのだ! 結局、アフレコで英語/広東語に変えられているのだが、ご本人曰く、「会話内容は忘れたけれど、適当な会話を意味も解らず話した」という。そして、特筆すべきは、香港スタッフのカメラ・ワークである。車内での会話をカメラは、加藤氏の眼が、必ずルーム・ミラーに映るように撮っている。後ろ向きであっても、加藤氏のキャラクター性を大切にしている証拠である。ここは拍手を送りたい。で、肝心の、この場面のロケ地の特定であるが…、このカットからはカメラのピントが俳優たちに合っているため、窓外の状況が非常に掴み難いのである。しかも、撮影は1978年。今の銀座通りとは変わってしまった部分が極端に多すぎる。
Qを見失った哲也は路地裏に戻り、3丁目のキャバレー“白いばら”前で、手に持っていた上着を羽織る。1913年創業の“白いばら”の佇まいは、再開発の進む銀座にあって、ここだけ時間が止まっているかのような懐かしさに溢れている(上)。

行方知れずのQを探して、中央通りを京橋方面から手前(3丁目方向)へ歩く哲也の表情には、若干疲労の色が滲む。(下)。
困難を極めた検証の結果、3つのヒントが見えてきた。画面に向かって左手、信号のある交差点にデパートが映っていること。その手前に地下鉄の入り口があること。そして、歩道の街灯が独特の形をしていること。結論から言うと、このロケ地は、先のカットで映った銀座6〜7丁目を600メートルもバックした銀座1丁目からフィルムを回し始めていることが判った。ここの歩道の街灯は、この銀座1丁目から8丁目の間でしか設置されていない事が判ったからである。そして、この通りには老舗のデパート、否、百貨店が2軒あるのだ。2軒とも立地条件が似ており、百貨店の外装も大きく変化しているため、特定は非常に難しいが、4丁目の“三越”か、3丁目の“松屋”か。また、立地条件の“地下鉄の入り口”が欠けているものの、5丁目交差点にある“ニューメルサ”のビルに非常に雰囲気(青い日除けテント)の似た百貨店風ビルも存在し、もし、ここが該当百貨店であれば、銀座6丁目から5丁目へと通りを北へと逆走したケースも考えられる。いずれにしても銀座1〜6丁目の銀座通り(中央通り)を車両を走らせ撮影したことは間違いないであろう。結果的に、道路映像の時系列は、逆さまになってしまい、追体験が不可能となってしまったが、そこはこの怪作の長所と受け止めたい。
加藤氏を語る時、「氏は、今や故人となってしまったタン・ロンとコミュニケーションを持った、唯一の日本人である」という貴重な側面も忘れないで頂きたい。その価値を理解できるのが極少数のボンクラだけだとしても…。
このページの先頭へINDEX