“二子玉川園”跡
かつて“二子玉川園”の入口があった付近は、二子玉川駅東口再開発の第2期事業地区となっている。尚、二子玉川駅は2000年8月に二子玉川園駅から改称された。

“二子玉川ライズ”ガレリアより、ロータリー越しにかつての入口付近を望む(上)。

“二子玉川ライズ”ショッピングセンターの5F連絡通路より“二子玉川園”跡地を遠望(下)。
“二子玉川園”跡レポート
レポーター◎バロンロケ地調査隊×「こちら特撮情報局」奥虹

『レッドバロン』第8話、眼前で鉄面党に母を奪われたショックから言葉を失い、自力歩行もできなくなった少年・ツトム。父・藤堂(ふじどう)博士が、鉄面党に盗まれた“磁力反射ミラー”を破る新たな方法をあみ出すべく奮闘する中、真理・大作・熊野警部の3人はツトムを遊園地へと連れ出す。同世代の子供たちが無邪気に遊ぶ光景を淋しそうに見つめるツトムの姿に胸を痛め、率先してコーヒーカップに乗り、努めて明るく振舞う大作と熊野。その刹那、コーヒーカップは異常な速度で回転し始めた。コーヒーカップの上で成す術のない大作・熊野に対し、真理は咄嗟に装置の電源を切る。この機転で惨事は免れたものの、3人が目を離した隙に、鉄面党戦闘員がツトムをトラックに拉致して連れ去ってしまうのだった…。
後に『マッハバロン』『少年探偵団(BD7)』『ガンバロン』でレギュラー出演を果たすツトム役・内海敏彦氏の、台詞も動きも制約された中での見事な演技力は必見!
多摩堤通りに沿って南東方向に500メートル余り伸びる“二子玉川園”跡地。敷地の形状は基本的に変わっていない。かつて左手前に映画館があり、主な大型遊具は多摩堤通り沿いに並んでいた(上)。

跡地を北側から望む。再開発の進むこの界隈で、当時と同じ場所にあるのは、最早“玉川税務署”くらいではなかろうか(下)。
1922(大正11)年に玉川電気鉄道が開園した“玉川第二遊園地”を起原とする“二子玉川園”は、後に玉川電気鉄道を合併した東京横浜電鉄、東京急行電鉄の経営・運営を経て1985(昭和60)年に閉園。
閉園後の敷地は“二子玉川タイムスパーク”として転用され(1992〜2006年頃)、現在は二子玉川駅東口再開発の一環として、商業施設・住宅の複合施設“二子玉川ライズ”を始め、公園、周辺道路、駅前広場などを建設・整備中である。
多摩堤通りより“二子玉川園”跡地を三分割する新しい道路を望む。

北西側の道路となったのは、かつて“動物の家”“オトギの家”などがあった場所(上)。

南東側の道路となったのは、かつて“東急ゴルフガーデン”“おさるの電車”などがあった場所(下)。
“二子玉川園”は、ウルトラシリーズのロケ地として重用されていたことは勿論、野外ステージで「ウルトラマンショー」が開催されていたことでも有名。催事館には撮影グッズ展示などもあった。
また、1973(昭和48)年4月22日には、当時放映中だった
『ファイヤーマン』『ジャンボーグA』『ウルトラマンタロウ』の出演者も参列して、円谷プロによる「怪獣供養」が盛大に執り行われた。尚、墓碑は園内の“メリーゴーラウンド”付近に建てられた模様で、『レッドバロン』第8話(1973年8月22日放送)の撮影時には、墓碑や供養塔があったことになる。
かつての“二子玉川園”の南東境界(上野毛通り)は、“二子玉川公園(2013年に一部開園)”のメイン通路へと姿を変えている。当時、多摩堤通りまで貫通していた上野毛通りは、隣接する“東急自動車学校(2009年に移転)”跡地を含めた公園の造成によって、分断されたことになる(上)。

“二子玉川公園”眺望広場よりかつて“東急ゴルフガーデン”だった場所を望む。画像奥に見える建物は“東京都公文書館(旧.都立玉川高校)”(下)。
往時の“二子玉川園”が登場するのは、『ウルトラQ』(1966年/TBS/円谷プロダクション)、『怪獣ブースカ』(1966〜67年/日本テレビ/円谷特技プロダクション/東宝株式会社)、『帰ってきたウルトラマン』(1971〜72年/TBS/円谷プロダクション)、『ジャンボーグA』(1973年/毎日放送/円谷プロダクション)、『ウルトラマンレオ』(1974〜75年/TBS/円谷プロダクション)など。また、『愛の戦士 レインボーマン』(1972〜73年/NET/東宝株式会社)に関しては、「こちら特撮情報局」内コンテンツ“特撮ロケ地巡り(第14回)”にて、造成が始まったばかりの“二子玉川園”跡地を詳しく紹介している。
多摩堤通りから“二子玉川公園”へ通じるスロープ付近が、かつて“コーヒーカップ”のあった場所。1975年の航空住宅地図には既に“コーヒーカップ”の記載はないものの、円形の遊具跡らしきものは描かれている。
高速回転する“コーヒーカップ”を捉えるアングル(真理とツトムの目線)は、別ウインドウで開く地図のAポイントとして記載。隣接する“フライングコースター”や、背景に見えるゴルフ練習場のネットが、位置特定の鍵となっている。

二子玉川園 1975 MAP
「1975(昭和50)年度版 航空住宅地図 世田谷区」を基にして、撮影ポイントを検証する目的で独自に作成。
“二子玉川園”の人気遊具“フライングコースター”があった場所は、“二子玉川公園”いこいの広場に姿を変えている。勿論、当時は画像のような高台ではなかった。

“コーヒーカップ”の後方から“フライングコースター”方向を想像目線で望む(上)。

“フライングコースター”下から“コーヒーカップ”方向を想像目線で望む。(下)。
ツトムを拉致した鉄面党のトラックを追って、真理・大作・熊野の3人が駆け出す(入口に近い)メイン通路は、別ウインドウで開く地図のBポイントとして記載。周囲には鳥類を飼育する檻が点在しており、映像でも水鳥のものらしき檻が確認できる。
かつて鳥類の檻が点在していた、二子玉川駅東口再開発の第2期事業地区。最早想像も及ばない程の変貌ぶりだ。
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