台場公園(第三台場)
“お台場海浜公園”より望む“台場公園(第三台場)”全景。真後ろで一際存在感を放つ“レインボーブリッジ(東京港連絡橋)”は1987年に着工され、1993年に竣工・開通した(上)。

北東角の入口付近より望む“台場公園(第三台場)”全景。
『マッハバロン』最終話のロケは、公園の奥(南西側)を中心に行われた。対岸土手で繰り広げられるラストシーンは、殊に印象的だ(下)。
“台場公園(第三台場)”レポート
レポーター◎「こちら特撮情報局」奥虹×バロンロケ地調査隊

『マッハバロン』第26話(最終話)、ララーシュタイン率いるロボット帝国との最終決戦を前に、KSS基地はスーカン海軍参謀とその配下によって制圧された。“マッハバロン”の動力炉である“パイルX”を爆破して、基地もろとも沈めると息巻くスーカンだったが、中性子人間となった副作用で1時間毎のエネルギー補充を余儀なくされ、作戦を休止してアジトへ戻ってしまう。アジトを探すKSSメンバーの前に再び現れたスーカンは、陽を“マッハバロン”の操縦席に緊縛し、村野博士・岩井・白坂を「KSS基地を沈める儀式」に出席させるべく“台場公園”へ連行する。そこへララーシュタインを乗せた「移動秘密基地」が着陸し、いよいよ儀式が始まる。…と思いきや、ゼッターキング二世が爆破した“パイルX(26)”はダミーで、連鎖爆発には至らなかった。スーカンに真の“パイルX”の在り処を問い詰められ万事休すの村野。だが、スーカンはエネルギー補充のため再びアジトへと戻ってしまう。
一方、空中戦で負傷し戦列を離れていた愛は、独自に敵のアジトを探り当てる。戻って来たスーカンと配下の2人がエネルギー補充を始めたのを確認し、すかさずスイッチを切る愛。襲い掛かるスーカンの怪力に意識が遠のきながらも、愛は最期の力を振り絞ってエネルギー補充装置を破壊する。最後の参謀・スーカンとその配下はエネルギーを失って事切れ、愛もまたKSSのいち隊員として職務に殉じた。
司令塔を失ったゼッターキング二世は“マッハバロン”によって撃破され、ララーシュタインも何処かへ退散する。最後の戦いを終えたKSSメンバーは“台場公園”に集まり、村野は真の“パイルX(27)”が“マッハバロン”に内蔵されていることを打ち明ける。
夕刻の“台場公園”に、愛の亡骸を抱えて現れた花倉刑事と健一。辛い現実に向き合うKSSメンバーと健一の背中を押し、更なる戦いへと歩を進める村野博士。夕陽に浮かび上がる6人のシルエットが、物語の続きを予感させる…。
最後の敵ロボット・ゼッターキング二世をマッハコレダーで葬り去った嵐田陽は、村野博士の待つ“台場公園”へ意気揚々と駆けつける。
陽がマッハトリガーから降りる場所は“台場公園”へのアプローチ道で、入口階段と“お台場海浜公園”トイレの中間辺り。陽の背景に見える剪定されていない松の樹は、1970年代の特撮作品で散見される。現在松の樹は伐採され、マッハトリガーが停止した場所の後ろには“レインボーブリッジ”が鎮座する。
“台場公園(第三台場)”は臨海副都心にある史跡公園で、1928(昭和3)年に開園した。現在は公園として一般開放されているが、元々は江戸時代の国防海上基地ともいえる「第三台場」が基礎となっている。ほか、埠頭と接続していない「第六台場」が残されているが、こちらは動植物研究環境の保全のため一般公開されておらず、上陸は出来ない。
1853(嘉永6)年、江戸湾海上にペリーの異国船を確認し狼狽した幕府は、江戸城を防備すべく南品川から深川洲崎海岸に7カ所の海上砲台を築いた(第四台場は70パーセント、第七台場は海中埋め立てのみで中止された)。海面から5〜7メートルの石垣積の土手に築かれた正方形土塁上に砲台が、土塁の下の横穴に弾薬庫が置かれた。1854(安政元)年4月に、第一・二・三台場が完成、同11月に第五・六台場が完成するが、財政の逼迫に加え、ペリーとの間で日米和親条約が締結されたため、直接海戦で使われることはなかった。その後第二次世界大戦時に、本土防衛のため第三台場に高射砲が設置された。船舶の運行に支障をきたすため、1939(昭和14)年に第四台場が、1961(昭和36)年に第二台場が、1962(昭和37)年に第五台場が、1963(昭和38)年に第一台場が、1965(昭和40)年に第七台場が、それぞれ撤去された。1996(平成8)年、第三台場・第六台場の所在地は港区港南五丁目から港区台場一丁目に変更された。
(“マッハバロン”の操縦席に緊縛された)陽を除く3人(村野・岩井・白坂)は「KSS基地を沈める儀式」に出席するため、公園へと連行される。
背丈の高い生垣に囲まれているが、公園南東面土手下の石垣と井戸は今も健在だ(上)。

村野・岩井・白坂を前にしたスーカン海軍参謀が、公園南東面の土手下にある井戸に上って熱弁を振るうと、程なくしてララーシュタインを乗せた「移動秘密基地」が、公園内に着陸する(下)。
史跡公園でもある第三台場とその周辺が、1970〜80年代の特撮番組(特に東映作品)のロケで使用されることはそれなりに多かったようで、『仮面ライダー』(1971〜73年/毎日放送/東映)第4話・2号ライダー編OP・新1号ライダー最終編EDほか、『仮面ライダーX』(1974年/毎日放送/東映)第14話、『仮面ライダーストロンガー』(1975年/毎日放送/東映)第27・38話、『アクマイザー3』(1975〜76年/NET/東映)第13話、『電撃戦隊チェンジマン』(1985〜86年/テレビ朝日/東映/東映エージェンシー)第1話などの撮影が行なわれている。
また
『愛の戦士 レインボーマン』(1972〜73年/NET/東宝株式会社)第33・34話については、ダッシュ7が巨大津波を前に身構えるシーン、“真空竜巻の術”で津波を逆流させ押し返すシーンなど、「こちら特撮情報局」内コンテンツ“特撮ロケ地巡り(第28回)”にて細かく検証している。
劇中映像と現在の景色を比較すると明らかだが、台場貯木場コンクリート道の撤去や“レインボーブリッジ”建設などにより、“台場公園(第三台場)”を取り巻く景色は激変した。
最後の戦いを終えた陽が駆け付けるのは“台場公園”南西面の土手上(土手下には弾薬庫跡が確認できる)。陽(下塚誠氏)が眼下に村野博士(団次郎氏)を見付け、土手に沿って(北西方向へ)移動した後に駆け降りる姿を逆光で捉えている。
直後に岩井と譲司が駆け降りる位置は、光の加減から陽の駆け降りた場所より南東側だと推察できる(上)。

土手下で待つ村野博士の背景に見えるのは、公園南東面の土手下に二つ並ぶ弾薬庫跡。こちらは順光で緑も冴え渡る(下)。
愛の亡骸を抱きかかえた花倉刑事と健一が姿を現し、ひと足先に土手を登った陽が「愛!」と叫んだことで、村野たちが異変を感じ取る一連のシーン。村野・岩井・譲司の表情の変化・タイミングの差異が興味深い。
村野は一貫して鉄面皮。土手下で笑顔だった譲司は、上る途中で愛の異変や健一たちの表情を汲み取ったのか、いち早く険しい表情となっている。土手下で笑顔だった岩井は、抱きかかえられた愛の異変に気づくのが最も遅く、全員集合した後まで暫く独り笑顔を湛えていたが、愛の土気色の顔を見てやっと事態の深刻さを理解する。
この異変認識の“タイムラグ”が本来シナリオに記されていたものか、鈴木俊継監督の演出によるものか、それとも各俳優陣の判断(演技プラン)によるものなのかは分からない。しかしこの“タイムラグ”が、映像の平坦さを払拭し、妙なリアリティを醸し出していることは間違いない。
戦いを終えて“台場公園”に駆け付けた陽(下塚誠氏)・岩井(力石考氏)・譲司(加藤寿氏)が、何の躊躇もなく駆け降りた南西の急斜面を、土手上から見下ろす。
この傾斜を目の当たりにすると、一連のシーンが一発撮りだったのかどうかを確かめたくなる。
嵐田陽役の下塚誠氏は、劇中、愛の亡骸(の胸辺り)に遠慮気味に顔をすり寄せている。下塚氏は弊サイトによるインタビューの中で、「僕はあの最終回の展開だけは、いまだに後悔があるんです。(小杉)愛が敵と相討ちになって亡くなるでしょう? 愛のことを想っていた陽が大切な愛を喪って仇を討つため、ララーシュタインとの最終血戦に挑む辺りをもっと丹念に描いて欲しかったです」と語ってくださった。
愛の遺骸に顔をすり寄せる陽の様は、愛と衝突してばかりだったことへの後悔・贖罪であり、愛への思慕であり、また哀悼である。共にロボット帝国に立ち向かう同志であり、心の恋人でもあった愛を永遠に喪失したとき、陽が愛の亡骸に顔をすり寄せるその様は神々しくさえある。同シーン、陽は目頭に涙を溜めてはいるが涙を流してはいない。この点、感傷的になりつつも瀬戸際でKSS隊員=戦士としてのプライドを守ったことを感じさせる、秀逸な演技プラン(鈴木俊継監督の演出?)には感服だ。この辺りのエピソードを、ぜひとも下塚誠氏や加藤寿氏に伺ってみたい。
一方、最愛の姉・愛を失っても「お姉ちゃんの代わりに、きっと僕がKSSの隊員になってみせる!」と、健気に決意を表明する健一少年。その台詞は、ララーシュタイン総統率いるロボット帝国との戦いが、更に激烈を極め果てしないものになるであろうことを容易に想像させる、辛く遣りきれないものだ。村野が健一の肩を支え、ともに先頭を歩き出すシーンが、“青年となった小杉健一”が新生KSSの隊列に加わった未来ヴィジョンへの暗喩なのかも知れない。
愛の亡骸を抱きかかえた花倉刑事と健一が姿を現したのは、公園南西面の土手上。光の加減から、夕刻間近と推察できる。
残酷な現実を眼前に沈黙するKSSメンバーと、更なる戦いへ歩を進めようと皆を促す村野博士。その背景には砲台跡、土手下には“かまど場”跡が確認できる(上)。

全員が公園南西面の土手上を北西方向へ歩くラストシーンは、対面する(北東面の)土手上からズーム撮影されている。
所謂「大団円」ではないが、夕陽に浮かび上がるシルエットが物悲しくも美しい、叙情的なエンディングだ(下)。
最終話の演出を担当した鈴木俊継監督は、『ウルトラセブン』担当回や『レッドバロン』第26話(初期SSI壊滅回)の中田島砂丘ロケなどで見られるように、とりわけ陽光(特に夕陽)に拘ったイメージカットを多用する傾向がある。1975年春の番組改編の都合から、心ならずも2クール(第26話)で幕を閉じることになった『マッハバロン』。鈴木俊継監督の撮った最終回の感傷的な夕陽の彩(いろ)…。廃墟に立つマッハバロンを照らす夕陽と、歩を進めるKSSメンバーたちを照らす夕陽の彩(いろ)は、番組スタッフ・キャスト諸氏の“心の彩(いろ)=無念さ”を濃厚に反映しているような気がしてならない。
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