(『レッドバロン』第1話Aパート スタート)
司会 まず第1話を演出された鈴木監督にお訊きします。今、流れているオープニングの演出はどなたが担当されたのでしょうか?
鈴木 これは僕だと思いますね。(オープニング撮影で)川崎製鉄さんを使わせていただきました。昔、東宝映画の「世界大戦争」(1961年10月8日公開。主演:フランキー堺・宝田明)で撮った“鉄の溶けたものが炉に流れてくるシーン”が印象的で、そこが川崎製鉄さんだった。それで(『レッドバロン』でも)使わせてもらおうと思ったんですね。40年前なので(第1話のことは)ほとんど憶えていないけどね。
石田 『レッドバロン』の現場だったと思いますが、ある日、現場へ行くのに大遅刻をしてしまってね、鈴木監督に怒鳴られた(苦笑)。当時、僕はいろいろ番組を掛け持ちしていたんで、疲れて寝坊してしまったんですね。
下塚 (石田氏と鉄面党ロボット戦闘員・メカロボの格闘シーンを観ながら)石田さんは身が軽いですね。
石田 今は全然ダメですね。何かに突っかかってドテッ!と転んじゃう(笑)。(『レッドバロン』撮影後に)等身大のスチール写真を撮ってもらって、それを持って帰ったことは鮮明に覚えていますけども。
下塚 『ミラーマン』と『レッドバロン』って、どっちが(放送が)早いの?
鈴木 『ミラーマン』の方が早いね。今日、(堀大作役の保積)ペペはどうしたの?
司会 ある時期までの消息は把握できたのですが、最近の保積さんの消息は掴めませんでした。
石田 主役を演った役者さん(岡田洋介氏)の消息も分からないの?
司会 ネットで“岡田洋介の息子”と名乗る方の投稿(「父・岡田洋介は2007年に他界。享年59歳」との記述)はあるのですが、その方が本当に岡田さんの息子さんかどうかは分かりません。
(SSI隊員と鉄面党ロボット戦闘員・メカロボの格闘シーンを観ながら)これはどこかの体育館でしょうか?
鈴木 そうだと思いますね。
たぶん小学校の体育館でしょう。随分狭いところで撮りました。
鈴木 (デビラー総統の初登場シーンを観ながら)伊海田(弘)さんも亡くなったでしょう?
司会 そのようですね(Wikipediaに「1997年10月24日没。享年66歳」との記述あり)。
格闘シーンの殺陣は(“若駒”の殺陣師)高倉英二さん。後のスーパー戦隊シリーズでも生身の俳優さんたちが、ここまで激しいアクションをする作品はありませんでした。
鈴木 (『レッドバロン』キャストは)皆、運動神経がよかったからね。
石田 『レッドバロン』って、『大江戸捜査網』を観ているみたい。(高倉)英ちゃんの世界だもの。
司会 『レッドバロン』はキャスティングも素晴らしいと思いますが、鈴木監督もキャスティングに立ち会っていらっしゃるのですか?
鈴木 うん。立ち会っていると思いますね。お笑いの役どころは(今、映像に映っている保積)ぺぺに演ってもらってね。宣弘社さんのシリーズは、昔から結構殺陣が売り物というところがあります。バロンシリーズの殺陣は高倉さんが担当してくれましたが、(格闘シーンは)彼の感性によるところが大きいです。
司会 デビラー総統の背景にある“水族館”のような場所は?
鈴木 あれはね、よみうりランドの中にある水族館です(『海水水族館マリンドーム』1964年3月開館、1996年12月閉館)。有名な女性ダンサーの方(近藤玲子女史)が水族館近くの水中バレエ劇団で、ショーを仕切っていました。
石田 あの“近藤玲子水中バレエ団”ですね。
司会 (鉄面党ロボット戦闘員・メカロボの拷問に紅健一郎博士が耐えるシーンの)石田さんの声、素晴らしいですね。
石田 君、誉め上手だね〜。でも何にも出ないよ(笑)!
(一同爆笑)
司会 加藤さん、宙返りを含め、ご自身のアクションシーンをご覧になっていかがですか?
加藤 うん。「もう少しカッコよく演る方法もあったかも知れないなぁ〜」と思いながら観ていました。
鈴木 加藤君が一番アクションが得意だったものね。
加藤 私はほかに取り柄がなかったものですから(笑)。
司会 ここで『レッドバロン』第1話Aパートが終了しました。次は鈴木監督演出による『マッハバロン』第1話Aパートです。
(『マッハバロン』第1話Aパート スタート)
司会 (『マッハバロン』オープニング映像を観ながら)これは“スキャニメイト”(アナログコンピューターによるアニメーションシステム)の効果が凄いと思うのですが?
鈴木 コンピューターが当たり前の今の時代に(『マッハバロン』を)観れば、「何じゃ、これは?」と思われるかもしれませんが、この頃は丁度、アナログとデジタルの中間の時代にあったわけです。電気的にいかに映像をイジれるかという点で、試行錯誤をしながらやったのが、この『マッハバロン』です。そういう意味では、この作品はなかなか貴重だと思いますね。僕は“IMAGICA”(当時“東洋現像所”)に入り込んで、随分このスキャニメイトを研究しましたから。
司会 下塚さんは『マッハバロン』のオープニング曲を歌われることはありますか?
下塚 この曲はカラオケでも配信されていますけど、難しすぎて僕にはとても歌えないですね(苦笑)。
鈴木 (冒頭シーンに登場する客船と敵ロボットを観て)これは“氷川丸”ですね。この頃はまだフィルムを使ってやっていたんですねぇ…。ロボットは硬質ですから、動きを見ながら(着ぐるみの)関節をつくっていかなければならないので大変でした。
加藤 (嵐田陽の初登場シーン。39年前の下塚氏を観ながら)若いなあ。この時下塚君、いくつだった?
下塚 僕、この頃21歳でした。
鈴木 この頃の下塚君のヘアスタイルって、時代の最先端を行っているね。ビートルズの影響かな?
下塚 そうですね。あとグループサウンズの影響もあると思います。
司会 主人公・嵐田陽は子どもの頃のモチベーション・復讐心をもちながら、操縦訓練はしたがらない若者ですね。若い下塚さんとマッチしていたのでしょうか?
鈴木 撮影の最初の頃で、下塚君がまだ芝居に慣れていない頃だったので、マッチしたのかも知れないね。何となく嫌々ながらやっている(嵐田陽と下塚氏の)様子が似ていたのかな。
石田 下塚君、若いね〜。
下塚 まあ、まだ子どもみたいなものでしたから(苦笑)。
鈴木 (小杉健一役・内海敏彦氏の初登場シーンを観ながら)内海君は「僕、将来は東京大学へ行きます!」って言っていたね。彼、頭が良かったから、多分(有名大学へ)行っているんじゃないかな。
下塚 彼はしばらく声優(アニメ『あらいぐまラスカル』スターリング少年役)も演っていましたね。
鈴木 彼はアフレコも巧かった。たしか『(小さなスーパーマン)ガンバロン』にも出ていたね。
石田 (“発明刑事”こと花倉刑事役・深江章喜氏が、バイクにアドバルーンを付けて空中浮遊するシーンを観ながら)これは?
鈴木 スピルバーグ(監督)の映画『E.T.』は1980年代の映画でしょう? 僕らはそれ(『E.T.』の自転車吊りシーン)より9年も早くに、自転車やバイクの吊りをやっていたから。
加藤 たしかにこのシーンは、後の『E.T.』を彷彿させますね。
鈴木 (ララーシュタイン総統の初登場シーンを観ながら)やはり彼(ララーシュタイン)の髪の効果ですよ。彼の感情の変化を出すために、(照明で)髪の色を変えるわけです。それから(金色の瞳の)コンタクトレンズ。今の時代ならカラーコンタクトレンズを使うのは当たり前のことなんだけど、この時代は一部の舞台で使う以外は滅多になかった。コンタクトは厚いし痛いし。ララーシュタインのシーンは医者立会いで撮影していたんですよ。「眼球を傷つけるから5分以上はコンタクトを入れてはダメ!」と医者に言われたので、5分の間で撮影しました。
司会 (KSS・白坂譲司役・加藤氏がギターを爪弾くシーンを観ながら)加藤さんはギター演奏が得意だったのですか?
加藤 いやいや。私はまったく弾けませんでした。妹が音楽をやっていて「教えて」と言ったら、「兄さんは指先が不器用だから(演奏を)止めておきなさい」と言われました(笑)。
鈴木 団(次郎。現.団時朗)ちゃんもカッコいいね。それから力石(考)さん。
下塚 力石さんとは(『マッハバロン』終了後)、京都の撮影所で会ったことがありますよ。
司会 これからがさらに面白くなるところですが、上映終了時間となりましたので、ここからは座談会に入らせていただきます。
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