<本作出演のきっかけ>
司会 まずは『レッドバロン』編ということで、鈴木監督、加藤さん、牧さん、石田さんにお話を伺ってまいります。“坂井哲也”役の加藤さん、『レッドバロン』ご出演のきっかけは?
加藤 皆さんもご存知かと思いますが、私は正統派の俳優ではなかったので、石田さんや下塚さんのような華やかなデビューの仕方はしておりません。普通の俳優ではなくアクションをやっておりましたので、多分「あいつ(加藤氏)を使えばスタントの経費が安くなるんじゃないか」という感じだったのではないでしょうか(笑)。私はアクションが大好きだったし憧れていましたので、(『レッドバロン』レギュラーが決まり)嬉しかったし、楽しかったですね!
鈴木 あのね、加藤君はアクションが綺麗だったから抜擢されたのであって、別に経費を浮かせるためにキャスティングされたのではないですね。
加藤 監督、今のは冗談ですから(笑)。
司会 ヒロイン“松原真理”役の牧れいさん。
『レッドバロン』は宣弘社さんの番組ですが、その前の『ガッツジュン』(1971年4月〜11月 TBS系 主演:藤間文彦氏)という番組のオーディションを受けたときに、(関係者から)「貴女、次回番組を作るときにはぜひレギュラーで出てください」と言われました。それで(『レッドバロン』レギュラーが)決まったんですね。私はアクションがまったく出来ないド素人でした。ただ20歳の頃からジャズダンスを習っておりましたので、まあ、運動神経はあったんじゃないかと思います(笑)。
司会 “紅健一郎博士”役の石田信之さん。
石田 出演のきっかけはまったく分からない(笑)。鈴木監督に訊いてください。
鈴木 それはやっぱり彼が『ミラーマン』などで実績を積まれたからでしょう。ある意味、石田君にとっては主人公ではなくて役不足だったかもしれない。失礼だったかもしれないけど、「(紅博士役として)出演してもらうことで華を添えていただいた」ということで、とても印象に残っています。
『レッドバロン』の企画そのものは、日本テレビ音楽さんの方で進めていったので、僕はデザインをイジれなかったわけだけど、キャスティングについては関わりました。僕は当時『子連れ狼』(第一部 1973年4月〜9月 日本テレビ系 主演:萬屋錦之介氏)の第1・2話のキャメラマンをやっていて、本当はそちらをそのまま続けたかったし、現場でも「続けてほしい」と言われたんだけど、会社命令でね、「(特撮の方へ)帰って来い!」と言われて、泣く泣く戻ってきました。でも(『レッドバロン』キャストの)皆さんと会えて、歴史的な実写ロボット物シリーズを創ることができたということは、とてもよかったと思います。
司会 鈴木監督不在では『レッドバロン』『マッハバロン』が誕生し得なかったという点では、(特撮の現場へ)戻ってきてくださって、ありがとうございます!
鈴木 いやいや(笑)。
編者註:鈴木清監督は『マッハバロン』第23話において、『子連れ狼』へのオマージュとして、深江章喜氏と内海敏彦氏に拝一刀・大五郎親子の扮装をさせ、ロボット帝国戦闘員を斬り捨てるシーンを挿入している。同シーンの劇中歌として、『子連れ狼』(第一部)同様、バーブ佐竹氏による主題歌「ててご橋」を用いる徹底ぶりである。
<主役・岡田洋介氏を想う>
司会 主人公“紅健”を演じたのは岡田洋介さん。先ほどもお話が出ましたが、既に亡くなられたという噂もあります。結局、「現在はどうしていらっしゃるのか?」というところまで辿り着けずに残念でしたが、岡田さんの“人となり”はどうだったのか。そして岡田さんとの思い出がございましたら、皆さん、お聞かせください。
私は今、ブログ(「牧れいだった…私」)をやっているんですが、ファンの方が言うには「岡田さんの奥さんは牧れいじゃないか?」と(笑)。たしかに(劇中では)健と真理の恋愛まがいのシーンが多かったですから、ファンの方はそう考えたのだと思います。でも「(岡田氏と牧女史は)結婚しているんだ」と断定的におっしゃるので、私もビックリしてしまいました(笑)。
現場での岡田さんはあまりお喋りな人ではなく、どちらかというと“硬派”な感じでしたね。その辺りはどうでしたか、加藤さん?
加藤 うん、たしかに彼には、サッパリとしていて男気あふれるところがありましたね。
あんまり冗談も言わない人でしたよね?
加藤 彼、意外と喋る人だった。私とはよく喋ったけど、たぶん女優の牧さんとは緊張して、あんまり話せなかったんじゃないかな〜(笑)。
ああ、そうなんだ(笑)。
鈴木 特撮ファンの意識の中では、「ヒーローとヒロインの俳優はデキて当たり前」というところがあるよね。現実はそんなことはないわけだけど、でもそういう期待を込めて観ることで、より濃く作品を観ることに繋がるんでしょう。
(劇中でも)「健〜!」って叫ぶシーンが多かったじゃないですか? だから真理が健を愛していたのと同じように、私が岡田さんを好きだったように思われちゃったんでしょうね(笑)。私の(共演者の)仲間に対する気持ちは、どの方に対しても同じでしたよ。岡田さんは“個人的”には呑みに行きませんでしたね?
鈴木 一度ね、(大郷実ボス役の)大下(哲矢)さんが皆を呑みに連れて行ったよね。昔の作品でも今の作品でもそうだけど、「ボス役の役者さんは私生活でもボスでなければいけない」と、僕は言ってきた。そうすることで“皆が役に溶け込んでいける部分”があるわけだけど、大下さんはそれをキチンとしていらした方でした。
加藤 たしか大下さんから声がかかって、皆そろって呑みに行ったことが1〜2度ありましたね。
じゃあ、男の人たち同士で呑みに行ったのかしら? 私は記憶にないです(苦笑)。
鈴木 そうなんだ。
司会 第1〜4話に出演されている石田さんは、『レッドバロン』をご覧になっていかがでしたか?
石田 やっぱり40年も経つと記憶が薄れていくものでね。さっきも話しましたが、(第1話の)ロケ地がとても遠い場所で、僕が何時間も遅刻をしてしまったものだから、鈴木監督から嫌な顔をされて、申し訳ない気持ちになったことだけは鮮明に憶えていますね。
鈴木 それは失礼しました(笑)。
石田 いやいや、とんでもない! 僕が悪かったんです、皆さんを長い時間待たせてしまって。今、この場を借りてお詫びします(苦笑)!
(一同爆笑)
鈴木 僕もあの頃はまだ31歳くらいで、ある部分では脂が乗っていて、またある部分では鼻持ちならないところがあって。自分の人生の中では(『レッドバロン』の頃は)良い時代だったかも知れないけど、自分のことが嫌いで「(当時のことを)忘れたい」という想いもあったから、ドンドン忘れるようにしていましたよ。
<多彩な共演者たち>
司会 先ほど岡田洋介さんのお話が出ましたが、次は“堀大作”役の保積ペペさんのお話を伺っていきたいと思います。硬派な皆さんの中で、保積さんは番組のムードメイカー的存在で、視聴者に一番近い距離にいたキャラを演じられました。
加藤 保積さんはいつも明るい青年でしたね。
鈴木 『レッドバロン』はキャスティングとしては割りに二枚目が多い作品だけど、やはりそれを超える明るさを持ったキャストが必要なわけで、そういう意味ではぺぺの役はとても重要だったと思いますよ。
司会 “大郷実ボス”役の大下哲矢さん。
鈴木 彼は自他共に認める“ボス”でした。他の作品でもそうだけど、やはりボス役ってとても大事なんだよね。大下さんはまとめ役としてキチンと頑張っていただけてよかったです。
大下さんは面倒見の良い方で、全体を見ていて分け隔てのない扱いをしてくださいました。お芝居のときも「こうしたほうがもっと良くなるんじゃないかな?」って、アドバイスもしてくださいましたね。
加藤 監督がおっしゃるように、大下さんは我々にとっても“ボス”でした。年齢が一番上でしたし、俳優としてのキャリアも一番長いですから、細かい気遣いというよりは全体のチームワークをよく保ってくださいました。あと、「身体がでっかい方だな〜!」という印象でしたね(笑)。たしか大下さんは柔道5段で、大学の大会でも結構いい線まで行ったことを本人から聞いたような気がします。
司会 “自転車刑事・熊野一平”役の玉川伊佐男さん。
鈴木 役柄というより(ご本人の)人柄として“人間愛”に満ちていらした。皆に好かれる方で、僕とはとてもウマが合いました。だから役をつくっていくうえで、上手くコミュニケーションを取れましたね。次の『マッハバロン』の刑事(“発明刑事”こと花倉刑事)にも繋がっていくんだけど、(“組織に協力し、共に戦うコミカルな中年刑事”キャラの)基本を創ってくれたのが玉川さんで、とても思い出深い方でしたね。やはりこういう番組は、正義漢だけでもっていくと息が詰まりますから、どうしても“笑い”という部分がないといけない。そういう意味では、玉川さんと(保積)ペペは、よいポジションだったかも知れません。
玉川さんは俳優の大先輩でしたけど、お芝居に関しては「こうした方が良いんじゃない?」というアドバイスはありませんでした。ただメイクの時、玉川さんから「君は紅一点なんだから、より美しく見せるようにしなさい」と言われ、ブルーシャドウのアイラインを入れたら、「貴女はそんなことをしなくても素のままのメイクで十分だから」とアドバイスしてくださいましたね。“殿方から観た理想の女性像”というものを、玉川さんは“松原真理”に観ていらしたようで、牧れいにというよりは、紅一点の真理が全面的に魅力を出せるようにしてくださって、すごく勉強させていただきました(笑)。
鈴木 牧さん、“あの頃”は可愛かったから。いや“あの頃も”だね(笑)。
ありがとうございます(笑)!
鈴木 玉川さんはある意味、皆にとっての先生役でもあるんでね。ボス役の大下さんとは違う先生役です。
加藤 私は子どもの頃から映画が大好きで、玉川さんの(ご出演)映画をずっと観てきましたから、「ああ、現場であの玉川さんとご一緒できるんだ!」という嬉しさがありました。俳優の大先輩としてだけでなく、人間としてもとても誠実な方でした。それから創意工夫といいますか、「どうしたらこんなアイデアが出てくるんだろう?」と不思議に思うくらい、アイデアマンでしたね。
<宣弘社VS日本現代企画 監督の作風のコントラスト>
司会 この作品は日本現代企画の監督さん、円谷プロご出身の監督さんが参加されていますね。
鈴木 (日本現代企画のスタッフは)前身が円谷プロですから。輝かしい功績を残している『ウルトラマン』シリーズを創った円谷プロの仕事に関われたことは、僕らにとっての勲章ですが、「(円谷プロで)キャラクター物を学べた僕らが次に継承していくためにはどうしたらよいのか?」と考えました。どんな巨大ヒーロー物をやっても、もう『ウルトラマン』を超えられないわけですからね。それならば「“ロボット物”は異質なものだからやってみようか」と、日本テレビさんとタッグを組んで『レッドバロン』の企画を進めていくんですが、やはり『ウルトラマン』と比べても製作費的に非常に苦しいわけです。
『ウルトラマン』も当初は一班体制だったんですが、時間的に間に合わなくなるので二班になりました。二班体制になるとやはり無駄が多くなるし、当然“気の疎通”という意味で、どこかギクシャクしてくる。その積み重ねが結局大きなマイナス面に繋がっていくので、「『レッドバロン』は一班体制でやり、余分な画を撮らない」と決め、(コストを)かなり緻密に計算しながら撮りましたよ。
“特撮”というものは、円谷英二さんの時代に“貧しさ”から生まれたと思うんです。つまり実物大で撮っていけば一番良いわけですが、それが出来ないからミニチュアを作ったりモノを縮小することで経費を抑える。それが特撮の始まりですから、「通常では撮れないものをいかにして映像にするか。見えないものをいかにそれらしく見せていくか」という毎日の戦いがありました。そういう意味では『レッドバロン』は、一班体制の良い部分が出た作品だったと思います。
司会 日本現代企画の現場では、円谷プロのそれとは違う雰囲気があったのでしょうか?
鈴木 宣弘社さんの作品は、円谷プロ作品とはまた違った歴史を持っているわけですが、“アクションとスピード感”といったものを、僕らは宣弘社さんの作品の中で随分学びました。その刺激というものをドンドン吸収していって、『レッドバロン』の次の『マッハバロン』では、さらにスピード感が増していったと思います。
司会 先ほど「『レッドバロン』では予算が少なかった」とお聞きし、驚きました。たとえば、ロボットの中からミサイルが出るプロセスを撮ってみせるということは(かなりの予算を必要とすることで)、それまでの作品ではありませんでした。
鈴木 (「今まで誰もやらなかったことをやる」ということと)「ウルトラマンと違うロボット感を出すこと」は当然意識していますね。表の質感を出すにはやはり限界があるわけですから、“ロボットの内臓的なところ”を見せるんです。巨大ロボットの中がこんな構造になっているから、こんな物(ミサイル)が出てきて強いと。(ロボットの)中をメカニカルに緻密に見せることで、雰囲気が表へ出てくるんですね。そこはかなり計算して撮っています。お金をかければ必ず良い画が撮れる、良い作品になるとは限らないんですが、お金のない中でも知恵と工夫で“映像の厚み”といったものが出るまでやる。『レッドバロン』はそれが出来た、良い時期の作品でした。
とにかく当時は知恵が泉の如く湧いてきましたし、アイデアを出したくてウズウズしていましたね。今は枯れちゃって何にも出ないですけどね(笑)。『レッドバロン』という作品は「『ウルトラマン』から得た経験をさらにスケールアップしたい!」と奮闘した若者たちの青春そのものです。
司会 出演者の皆さんは、宣弘社・日本現代企画の作品に出演されましたが、どんな印象をもたれましたか?
加藤 スタッフの創意工夫も含めて、メカニックなものが映像になったときの凄さ。それから音楽が斬新で素晴らしかったですね。高倉(英二)さんの殺陣は『仮面ライダー』的な殺陣とは異質でしたが、自分が『レッドバロン』の出演者だったという立場を割り引いても、私は彼の殺陣が好きでした。
今観ても全然古さを感じさせない作品ですよね。だから、“あの当時の牧れい”がこの場所へ出てきても違和感がないみたいな(笑)。あの時代の彼女に会ってみたいですね。
司会 石田さんはいかがでしたか? 第1〜2話の紅健一郎博士は、むしろ主役を喰ってしまうような存在感でした。
石田 君、巧いね〜(笑)。当時おそらく鈴木監督もお感じになったと思いますが、当時はどこの撮影所へ行っても“手づくり感”といったものがありました。『レッドバロン』を初めて撮りに行ったときも、狛江の撮影所(日本現代企画)自体がこじんまりとした感じでしたし、やはり“手づくり感”を如実に感じましたよね。
<アクション秘話>
司会 “アクション”についてお聞きしていきます。隊員があそこまで派手なアクションをこなす作品は、後にも先にも『レッドバロン』だけだと思います。ボス役の大下さんは柔道やレスリングの技術を、加藤さんは空手の“縦の動き”を、牧さんは回し蹴りや合気道の“横の動き”を。つまり格闘技術そのものの違いで、キャラクターを見せようとする狙いがあったのでしょうか?
鈴木 それは当然高倉さんのセンスなんだけど、出演者が皆同じアクションを演っても面白くないし、何かキャラクターがにじみ出てくるような殺陣にしようと、僕らは思いました。今は割りと殺陣師さんに全部任せちゃうところがあるでしょ? 僕らは『レッドバロン』で「ここはこういう動きが欲しい」と色々注文を出して、それを現場で演ってもらった記憶があります。結局全部を殺陣師さんに任せてしまうと、平坦というか、フラットになってしまうと思うんです。
石田 監督がおっしゃったとおり、(演出側が)殺陣師さんに意図を伝えて、それを基に殺陣師さんが殺陣を組み立てて、役者に演らせて、「それじゃあ、それでいきましょう!」といった感じでしたよね。
鈴木 うん。その点では『レッドバロン』で高倉さんと僕はとっても上手くいきましたよ。『アイアンキング』の時も殺陣師が高倉さんだったと思うけど、僕がキャメラをやっていた関係もあって、高倉さんと僕はすごく呼吸が合った。お互い尊敬していたし、高倉さんは「勘の良いキャメラマンだね」と言ってくれたし、僕も「センスの良い殺陣師さんですね」と言ったし(笑)。
司会 『レッドバロン』では“サイドキック”が多用されています。『キイハンター』などでは縦キックなのですが、『レッドバロン』ではブルース・リーの映画が日本へ入ってくる一年ほど前に、既にサイドキックが見られるんです。
鈴木 それじゃあ『レッドバロン』は、ブルース・リーや『E.T.』の上を行ったということになるのかな(笑)。
加藤 高倉さんは細かい動きの指示というより、全体の殺陣のタッチみたいなものを大切にしていらしたように、私には見えましたね。
石田 (高倉)英ちゃんは(アクションの)力学を良く考えて立ち回りをつける殺陣師でしたからね。
“ブルース・リー”の話が出ましたけど、『レッドバロン』では途中から「アクションの時に声出せ!」と言われるようになったんです。「ギェ〜!」とか(笑)。だから多分プロデューサーは、ブルース・リーの映画「燃えよドラゴン」(1973年8月24日、全米公開大ヒット)の影響を受けていたと思います。加藤さんは(「声を出せ!」と)言われませんでした?
加藤 私は言われなかったけど、なぜ牧さんがアクションの時、いつも声を出していたのか、今日初めて理由を知りました(笑)。
今観た第1話でもパンチラのシーンが映っていましたよね? あれは意外なことに、回を追うごとに、私のファンじゃなくて『レッドバロン』のファンの方々から「もっといっぱいパンチラを見せてくれ」という要望が出てきたからなんです。私のブログへ来てくれるファンが「ストーリーはあんまり憶えていないけれど、パンチラはよく憶えている」っておっしゃるんです(笑)。喜んで良いのかどうか分からないですけれど、私は“パンチラ女優”みたいになってしまったんです。
とにかく撮影の時に、カメラが段々下から撮るようになっていって、「一体これはどういうことなんだ?」と。それで監督に「これじゃあ、スカートの中が見えちゃうじゃないですか!」と言ったら、「何言っているんだ。これはファンの要求なんだから(仕方がない)」とおっしゃるんです。私が「そういう(中を撮られても大丈夫な)用意はしていないから、用意をしてからお願いします」と言ったら、監督に「何言ってんだ。そのままがいいんじゃないか!」と言われて(笑)。でも変な話、あれは薄いパンティなんです。だから正直ちょっと屈辱的な思いはありましたね(苦笑)。
鈴木 僕はそれを強要した憶えはないよ(苦笑)。
ええ。ファンの要望だから仕方ないです(笑)。
<第二部・宇宙鉄面党編>
司会 第二部(第27話〜)に入り、キャストが一部代わり、潮哲也さん演じる“三神四郎博士”が登場します。交代劇に関するお話、潮さんとの思い出についてお聞かせください。
鈴木 その辺りの記憶が薄くなってきていて、ソフトを観返したら、いつの間にか(大郷)ボスがいなくなっていて…。どうして交代することになったんだろう? 多分『レッドバロン』は、4クールやるつもりでいて、2クールずつに切って(キャストを)代えていく予定だったと思いますね。それがスポンサー(日本空気販売)降板などの諸事情で、中途半端に3クールで終了してしまった。交代は大下さんが力不足でなされたわけではないし、ぺぺも凄く良かったし、「あのまま(第1話からのオリジナルキャストのまま最終回まで)通しても良かったんじゃないかな?」って思います。どうして交代させたんだろう…? いまだに良く分からないですね。
司会 大郷ボスと堀大作の殉職劇は、非常に残酷で、我々視聴者にとって“強烈なトラウマ”でした。
鈴木 たとえば『帰ってきたウルトラマン』辺りでも、岸田森さんとヒロイン(榊原るみ女史)の降板エピソード(第37・38話)がありますが、あれもあまりにも悲惨で、僕はその時だけ現場を抜けた憶えがあります。今でも「僕が現場にいたら、こんなことさせなかったのに!」と思いながらその回を観るんだけど、『帰ってきたウルトラマン』も『レッドバロン』もどの作品も、キャストが入れ代わる回はとても難しいんです。(石田氏演じる)紅博士も、生き残らせて海外へ行かせるわけにはいかなかったし、まあ、印象深い展開にするために、そうする(爆死させる)他なかったということでご了承いただくしかないですね。
司会 当初第4クール放送予定だったものが、諸事情から3クールになってしまったということですが、当時の皆さんのお気持ち、現場の雰囲気はいかがでしたか?
加藤 私は当時、そんなに深刻には捉えていませんでしたけど。
鈴木 スポンサーの降板などは、登場人物を爆死させてきたバロンシリーズの“祟り”なのかもね。不思議なんだけど、後の『(小さなスーパーマン)ガンバロン』(創英舎制作 1977年4月〜12月 日本テレビ系 主演:安藤一人氏)もスポンサー(ブルマァク)が倒産して途中で終わるんだよね。『レッドバロン』の4クール目の構想については、まったく憶えていません。
ドラマ(第26話)の中でボス(と大作が)が殉職してしまいますが、ドラマじゃなくてまるで現実のことのように、皆ションボリしていました。私も涙もろいので泣きましたし。加藤さんも唖然としていらしたんじゃないかしら?
加藤 どの現場でもそうなんでしょうけど、特に『レッドバロン』はレギュラー同士の仲が良かったし、チームワークも良かったですから、やっぱり寂しかったですね。
司会 新しく現場に入られた潮哲也さんについてはいかがですか?
加藤 自分は潮さんより年下でしたので、“好青年”という言い方は失礼かも知れませんが、潮さんに関しては下塚君の“さわやかな青年像”とはまた違う、“礼儀正しい青年”というイメージを抱きましたね。
潮さんは博士役なんですけど、私と同い年なんですよね(笑)。たまたま東宝俳優養成所で同期だった女優(九条亜希子女史)と結婚されたということで、親近感はありました。その当時はまだ結婚していらっしゃらなくて、まだお付き合いだけだったみたいですけど。
鈴木 潮さんは(特撮番組で主役を務め上げていて既に)下地ができている方だから、“ブレ”がないんですね。石田さん然り、他の作品で主役を張っていた方がテコ入れで入ってくださるって、『レッドバロン』は結構贅沢なことをやっていたんですね。
3クールに入る頃には、私と加藤さんと岡田さんは既に逞しくなっていましたから(笑)。万全の受け入れ体制で潮さんを迎え入れたという感じです。
司会 ありがとうございました。まだまだ『レッドバロン』についてお訊きしたいことが沢山ありますが、お時間となってしまいました。5分間の休憩後、今度は『マッハバロン』についてお訊きしていきます。
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