(鈴木監督、持参された『マッハバロン』レーザーディスクのジャケットをゲスト諸氏にご披露)
鈴木 このソフト、まだ一度も観ていないのよ。今の若い子たちは、LPにA面とB面があるのを知らないんですってね。
加藤 ああ、そうかも知れないですね(笑)。
私が香港へ行ったら、テレビに自分が映っていたんですよ。香港で『レッドバロン』を放送していて、私が中国語で喋っていました。(香港の声優さんの声が)私の声とすごく似ているんですよ(笑)。
下塚 『レッドバロン』も? 香港では『マッハバロン』も放送していましたよ。
加藤 うん。それは聞いたことがある。
鈴木 海外版をつくる時は、大体オリジナルの役者さんの声に近い人を選んでキャスティングするのね。僕が『ウルトラマンG(グレート)』を撮っている時に、撮影から帰ってきて家でテレビをつけたら(昔撮った)『西遊記』を放送していてね。英語を喋っている悟空の声の人が、マチャアキ(堺正章氏)の声にソックリなわけ。それが凄くカッコいいのよ(笑)。
下塚 僕ね、昔、変な体験をしたんです。『Gメン'75』の撮影で香港(空港)に降りた時、丹波哲郎さん、若林豪さんが降りた後で、僕が降りる番になってバチバチッ!とカメラのフラッシュが焚かれたんです。取材ではなく一般のファンでしたが。「何故なんだろう?」と思ったら、香港で『マッハバロン』が放送されていたからなんですね。
加藤 なるほどね〜。
下塚 さっきブルース・リーの話が出ましたけど、リーと共演したことのあるヤン・スー(楊斯/現 ボロ・ヤン)が『Gメン'75』にも出ていて、彼が「今夜、飯を食べに行こうぜ!」と僕を誘ってくれたんですよ。それで彼と香港の下町の飯屋へ入ったら、ヤン・スーが僕を指差しながら周りの人たちに「マッハバロン! マッハバロン!」って言うんです(笑)。
鈴木 それは何年ぐらいの話?
下塚 多分『マッハバロン』が終わって、5年後ぐらいですね(1981年。『Gメン'75』第320〜321話「香港カラテ対北京原人PART1〜2」)。
司会 後でお話しますが、1975年くらいに台湾で海外版(劇場版)「マッハバロン」が製作されたことがあったんです。
下塚 それには、加藤さんと力石(考)さんが出演されていたんですよね?
鈴木 それはね、僕らがやったんだよね。ね、加藤君?
加藤 そうです(笑)。
下塚 それはどこで撮ったの?
加藤 (KSS)基地関係の撮影はほとんど国内でやりましたね。
司会 台湾サイドからオファーがあって、おつくりになったのですか?
鈴木 そうそう。僕と高野(宏一)が台湾へ行ってホン(脚本)を書いたのよ。
石田 高野さん、亡くなったんですってね。新聞で(訃報記事を)見て驚きました。
鈴木 (亡くなったのは)2008年かな?(Wikipediaに「2008年11月30日没。享年73歳」との記述あり)
加藤 私も新聞か何かで見ました。
下塚 “肺気腫”か何かですよね?
鈴木 そう。君たちもタバコばっかり吸っていると、そうなっちゃうよ。高野さんもヘビースモーカーで、僕は「もうタバコは止めては?」って彼に何度も忠告したけど、最期まで止めなかったね。
加藤 監督はタバコをいつお止めになったんですか?
鈴木 僕は「人生を変えたいな」と思って、20年以上前にタバコを止めました。
(『マッハバロン』レーザーディスクのジャケットを一同で見ながら、いつしか話題は岸田森氏のエピソードへ)
加藤 こうしてみると“レッドバロン”と“マッハバロン”のプロポーションって、随分と変わったんですね。
鈴木 まるで変わりましたね。
やっぱり変わらなくちゃ(笑)。
加藤 勿論そうなんだけど、こんなに変わっていたなんて、今見て驚きました。
鈴木 (『マッハバロン』レーザーディスクのジャケットを指し示しながら)これが“ララーシュタイン”だね。
加藤 カッコいいよね〜。ララーシュタインは本当に印象的だね。
下塚 そうそう、(岸田)森さんと加藤さんと僕とで、アフレコの後に森さんに連れられて何か“凄いところ”へ行きましたよね?
加藤 うんうん、何か行ったよね(笑)。
下塚 森さんが連れて行ってくれたのが、超豪華な会員制クラブで。
加藤 本当に広い店で、テーブルと椅子が4〜5脚だけで、無駄に広いスペースばかりあった。「こんなところに来ていいんだろうか?」って思いました。懐かしいね、岸田森さん。
下塚 あの店は赤坂だったか渋谷だったか…青山だったかな?
石田 森さんとはTBSで『愛よ、いそげ!』(1972年12月〜73年5月 主演:篠田三郎氏)っていう飯島(敏宏)さんのドラマを録った時に、知り合ったの。(岸田氏は)おかしな人でね、撮影の帰りに森さんの住んでいたマンションに寄らせてもらったら、「どこか呑みに行こう」という話になって。シャワーを浴びて、服着て、それから森さんが引き出しを開けたら、その中にギッシリ札束が入っていて(笑)。そこからお札を何枚か取り出して呑みに行ったということがありました。青山の洋服屋さんの奥にフグ屋さんがあって、そこでご馳走になりました。
鈴木 森ちゃんは女の人にモテる人だったなあ…。
石田 たしか森さんのご実家が青山の近くにあってお邪魔したら、森さんのお母さんから「石田さん、うちの森に悪い役を演らせないでください。悪い役を演ると役に入り込んで日常生活まで悪くなってしまうんです。私、怖くて…」とおっしゃっていましたね。それから森さんは蝶々が大好きで、家の階段(の壁面)から何から、蝶々の標本が所狭しと飾られていました。
鈴木 そう。彼は蝶々が大好きだった。何の番組だったか、本番中にある監督が「よ〜い、スタート!」って言ったら、森ちゃんがチラッと横を見たまま芝居を止めた。そして「監督、すみません! ちょっと時間をくださ〜い」と言って、そのまま蝶々を捕りに行っちゃった(笑)。それくらい、彼は蝶々が大好きだった。
(一同爆笑)
石田 海外へも捕りに行ったみたいですね。
次へ前へこのページの先頭へINDEX