<シリーズ第二弾への躍進>
司会 それでは、ここから『マッハバロン』についてお訊きしていきます。『レッドバロン』が終了して、約半年経ってから『マッハバロン』が始まるのですが、作品立ち上げの経緯をおきかせください。
鈴木 先ほどもお話しましたが、『レッドバロン』では企画やデザインなどはある程度、局(日本テレビ)側で進めていって、僕は途中から加わりました。『マッハバロン』の時は最初から関わっていました。スポンサーだったブルマァクさんの事務所へ行って、担当の田中(視一)さんという方と話し合って、徹夜で“マッハバロン”のデザインを仕上げてもらった記憶があります。いちいちデザインを細かくチェックして、玩具になるにはどういうデザインが良いか話し合いながらね。
“レッドバロン”のデザインはバロンシリーズのプロトタイプで、試行錯誤ゆえの魅力いっぱいですが、今度は「ある程度カッコ良さを追求してみよう」ということになりました。我々も段々とロボットの動かし方に慣れてきて、(着ぐるみの)長所・短所が判ってきたので、色々な要素を取り入れて造ったのが、あの“マッハバロン”です。
僕は(日本現代企画の)社員監督だったので、他の人が10日間で造ればよいものを、僕は9日間で造らなければならなかった。だから「他の人がかける予算よりも10万円でも20万円でも削って造らなければ!」という使命感がありましたね。『マッハバロン』は『レッドバロン』の時より特撮シーンが増えましたが、だからと言って予算が大幅に増えるということはありませんでしたのでね。まあ、マーチャンダイジングの関係で若干増えたかも知れませんが。
<本作出演のきっかけ>
司会 主役の下塚誠さん。ご出演の経緯についてお聞かせいただけますか?
下塚 基本的にオーディションでした。僕は俳優学校へ行ったんですが、当時非常に貧乏で、下宿に風呂も電話もない状態でした。ある日僕がアルバイトから下宿へ帰ると電報が届いていまして、それは「麹町の日本テレビへすぐ来い」という内容でした。当時僕は麹町の“こ”の字も分らないくらいの田舎者でしたが、何とか日本テレビまで辿り着けました。
受付の前を通ったんですが、僕が汚い格好をしているものですから、受付係の綺麗なお嬢さんが怪訝そうな顔で「どちらへ行かれるのですか?」と睨むんです。僕が「すみません、今日呼ばれて来たんですけど…」と答えると、「だからどちらへ行かれるんですか?!」と(刺々しく)言われました。「あの、下塚という者ですけど…」と答えると、「ああ! 皆さん、あちらでお待ちですよ♪」と案内された先には、既に『マッハバロン』番組発表会見の準備がされていました。会見席の真ん中に“嵐田陽役・下塚誠”と書かれたプレートが置かれていたことをよく憶えています。僕が着席した時には、(花倉刑事役の)深江章喜さんや(村野博士役の)団次郎さんなど、映画やテレビでお見かけする方々がもう着席していらっしゃいました。
僕が受けたオーディションは「この台本のこの台詞を読んでみろ」と言われて読んだだけのシンプルなものでしたので、“嵐田陽”という役が主役だとは全く分ってませんでした。しばらくの間、会見の席上で「え? 僕が主役? 僕でいいのかな?」という感じでした。オーディションの時に読まされた台詞は、嵐田陽のものと、あともう一人別のキャラクターの台詞だったのを憶えています。オーディションの時は僕以外に数人いましたが、緊張していたので彼らの顔は見ていませんね。
鈴木 オーディションは日本現代企画でやったの?
下塚 はい。オーディション会場が狛江でしたので、そうだと思います。
石田 (“嵐田陽”役の)最終オーディション候補は何人だったか憶えてる?
下塚 いいえ。憶えていないですね。その前に僕、『太陽にほえろ!』のジーパン刑事の後任新人刑事(テキサス刑事・三上順役)の最終オーディションにも残ったんですよ。勝野洋さんと中村雅俊さんと僕が残って、テスト出演(第96話「ボスひとり行く」三田村タツジ役)までしました。テスト出演回撮影の時、(石原)裕次郎さんに呼ばれて「おい、お前がジーパンの後を演る奴かよ」と言われたので、てっきり僕が『太陽にほえろ!』のレギュラーに決まったのかと思いました(笑)。
鈴木 多分、日本テレビのプロデューサー同士の調整で、(『太陽にほえろ!』最終オーディションに残った)下塚君が『マッハバロン』へ来ることになったんだろうね。
下塚 おそらくそうだと思います(笑)。
司会 『レッドバロン』から唯一(隊員役で)スピンオフされた加藤さん、ご出演の経緯について教えてください。
加藤 私は日本現代企画さんや円谷プロさんと色々なところとお付き合いさせていただいた関係で、「もう少し俳優、頑張ってみないか?」という感じで(笑)、ご厚意で『マッハバロン』でもレギュラーをいただきました。
下塚 僕の記憶だと『マッハバロン』って、殺陣師さんがいらっしゃいませんでしたよね?
加藤 後半、少しだけあったような気もしますけど。
下塚 (殺陣シーンが)あったとしても、殆ど加藤さんが殺陣をつけていらした記憶があります。
加藤 そんなこと、ないと思うよ(笑)。
司会 子ども心に、SSIの坂井哲也が白坂譲司と名前を変えて、KSSへ入隊したのかと思いました。
加藤 私は単純でしたから、『レッドバロン』の役のことも特に尾を引きませんでしたし、また前作と同じ監督やスタッフと仕事ができることが無性に嬉しかっただけで、あまり細かいことまでは考えませんでしたね。
司会 下塚さんと石田さんは、以前からのお知り合いだと伺いましたが?
石田 いつからの知り合いなんだろう? (昔過ぎて)分らない(笑)。
下塚 しょっちゅう一緒に時代劇なんかの仕事をしていますからね。一番最後に一緒に仕事をしたのは『水戸黄門』で、二人して大店の旦那役を演りました(2002年 第31部 第7話「格も迷惑 意地っ張り母娘」)。お互いの子どもが幼いころから、家族付き合いが続いていますね。
<共演者が彩る『マッハバロン』の世界>
司会 それでは、先ほどの『レッドバロン』と同じく、共演者の皆さんとの思い出について伺ってまいります。まず“村野博士”役の団次郎(現.時朗)さん。
下塚 僕は年齢的に『帰ってきたウルトラマン』は観ていないのですが、団さんのことは“(資生堂)MG5”のコマーシャルでお顔を存じ上げていました。モデルさんだし、とにかく「カッコいいなぁ〜」と思っていましたね。不思議なことに、団さんとは『マッハバロン』の時は一回しか呑みに行っていないんですが、『マッハバロン』以降、別の作品の時に幾度か呑みに行きましたね。『マッハバロン』の時に僕が辛いと思ったのは、団さんをはじめ他のレギュラーと違って、僕だけコックピットシーンの撮影とアフレコがあったことです。僕だけいつも居残りで、他の皆さんが撮影が終わった頃、「(今日は皆で)どこへ呑みに行こう。どこへ食べに行こう」という話をしているのを聞くのが辛かったです(苦笑)。
司会 マッハバロンのコックピットの乗り心地はいかがでしたか?
下塚 うん。悪くはなかったですね〜。攻撃シーンの撮影の時は、結構英語の台詞を言うでしょ? だけど「“マッハコレダー”って何? “ドルフィンビーム”って何?」みたいな(笑)。一応台詞について事前に説明は受けるんですが、技や武器の意味がよく分らなくて困りましたね。
司会 加藤さん、団さんの印象はいかがでしたか?
加藤 やっぱり「MG5!!」のコマーシャルのイメージがあったのと(笑)、監督からお聞きした団さんのお話、そしてそのキャリアから「“大人の世界”を感じさせる男性だなぁ」…ということですね。
司会 監督はいかがでしょうか? 団さんはインタビューで「鈴木監督はとても怖くて厳しい監督だった」とコメントしていらっしゃいますが…。
鈴木 僕は『帰ってきたウルトラマン』で本編のキャメラマンをやっているわけだけど、彼は“CMあがり”でお芝居の経験が全然なかったから、僕はキャメラマンの立場から事細かに指導せざるを得ないわけです。だけど彼もそれを憶えているだろうし、そういう繋がりがあって彼と割りに仲良しだったので、「団ちゃん、次『マッハバロン』演る?」みたいなことになったと思います。『帰ってきたウルトラマン』から3年経って、彼と会わない間にも彼は成長してきただろうし、実際にかなり“大人の男性”になっていましたのでね。
今考えると、今まで(特撮番組で)主役を演ってきた人たち(石田信之氏、潮哲也氏、団次郎氏)をあっちこっちから引っ張ってきて、番組に出てもらうことをしていたんだけど、それこそが“時代”というか“流行”だったのでしょうね。
団ちゃんはこの後の『少年探偵団(BD7)』(1975年10月〜76年3月 日本テレビ系 主演:黒沢浩氏)にも“怪人二十面相”役で出ているよね。その時にキャスト名を出さなかった。だって(怪人二十面相は謎のキャラクターだから)「怪人二十面相:団次郎」じゃおかしいと思ってね。最終回では(「怪人二十面相の正体は実は俳優・団次郎本人だった」というオチで)遊びましたよ(笑)。
司会 “岩井明”(通称:ガンさん)役の力石考さん。
下塚 彼は“劇団四季”出身で、非常に発声のしっかりした方でしたね。だからお芝居的には色々と勉強させていただきました。僕はあの方から“力石考”の芸名の由来を聞かされていました。漫画「あしたのジョー」の“力石徹”が由来なんだって。
鈴木 だって彼、(力石徹に)ソックリじゃない(笑)?
下塚 『マッハバロン』で九州へロケに行った時、僕らが食事をしていると、テレビで“三井物産爆破事件”(1974年10月4日発生の爆弾テロ事件)のニュースが流れたんです。その時テレビ画面に、被害者名で力石さんのお父さんのお名前が出てきちゃったんです。力石さんが「親父がヤバイ! 親父、あのビルで働いているんだ」とおっしゃったんだけど、(関係者に)問い合わせたら、同姓同名の別人だったということがありました。
加藤 ああ、それは初耳だなぁ。下塚君が言ったとおり、力石さんはしっかり台詞が通る人でしたね。ジョークも飛ばさない、演技論を熱く語るような割合固い人でした。
鈴木 そう、彼は結構生真面目な人でした。
加藤 ジョークのセンスは、力石さんにはなかったと思いますよ(笑)。
下塚 撮影現場でジョークを言うのは、団さんか深江さんぐらいなもんでしたね(笑)。やっぱり個人の個性というものがありますからね。
鈴木 僕の中の力石君のイメージは、まさに「あしたのジョー」の“力石徹”だから。あのイメージはやっぱり抜けないよね。彼を見ていると“力石徹そのまんま”だもん(笑)。彼がどんな扮装をしていても、イメージ的に“力石徹”とダブって見えるんだけども、それも彼のキャラクターの魅力のひとつでしょう。
司会 “発明刑事・花倉刑事”役の深江章喜さん。
加藤 私は昔から日活のアクション映画が大好きでしたので、『マッハバロン』の現場で深江さんと初めてお会いした時、「あっ、(銀幕のスターが)いる!」と思いました(笑)。映画の最も元気な時代に活躍された方なので、ご出演映画の思い出をお話しいただいたり、“芸能界の歴史”について色々と教わりましたね。あと、深江さんは結構宴会がお好きで、お酒の席で皆を盛り上げるような方でした。
鈴木 日活の俳優さんって、石原裕次郎さんもそうだし、皆、お酒が好きだよね。僕は別の作品(『猿飛佐助』1980年5月〜10月 日本テレビ系 主演:太川陽介氏)で(宍戸)錠さんとご一緒したけど、やっぱりお酒が好きだった。
下塚 その宴会の話なんだけど、ある時(ロケ先の宿泊旅館で)、撮影でお疲れになった深江さんが、宴会場の隣の和室で先にお休みになられたんですね。僕がある照明部の若い方と話していたら、その方が「役者はイイよなぁ。ロケへ行っても俺たちは朝から晩まで重い照明機材を運んだり大変なんだ」とボヤいたんです。そうしたらその瞬間、襖がバンッ!と倒れてきて、深江さんが「この野郎!」って激怒されて、その照明部の男の子を宴会場中、追いかけ回していました。皆さんが「深江さん! 深江さん、抑えて!」とおっしゃって止めに入りましたが、とにかく「(善良な花倉刑事より)日活で悪役を演っている深江さんの方が本物なんだ」と驚きました。日活の大部屋から苦労して上がってこられた方なので、プライドがあったのでしょうね。
鈴木 そうそう。“深江章喜 乱闘事件”って、確かにあったよ(苦笑)。
(一同爆笑)
下塚 深江さんは『マッハバロン』の現場で、「下塚。お前、今のはちょっと早口だよ」だとか、細かくアドバイスしてくださいました。後年僕が『銭形平次』のレギュラー(1978〜79年 同心・榊兵助役)を演っていた時に、深江さんは『桃太郎侍』のレギュラー(1976〜81年 仁兵ヱ役)でいらしたので、よく京都でご一緒しました。深江さんと撮影所で顔を合わせる度、「おい、下塚。今日は呑みに行くぞ!」とおっしゃって、呑みに連れて行ってくださいましたね。
鈴木 深江さんは日活の“悪の顔”ですから、どの作品を観ても殆どいますね。
下塚 深江さん、日活では月に2本は映画出演があったそうです。
鈴木 とにかく忙しい方だから、夕方になると(撮影スピードをアップさせる)“巻き”に入ってくるわけね。「はい、次のシーン行こう! はい、次!」って(笑)。
司会 映画の悪役だった俳優さんをギャグメイカーの刑事役にキャスティングするアイデアは、どうして出たのでしょうか?
鈴木 だいたい悪役の方って器用ですから、今までとは違う味を出していただく楽しみや発見があるでしょ? 俳優さんも(こちらの演出に対して)結構悪ノリしてくれるんですよ。善人が善人を演るより、悪役ばかり演っていた方が全く違うキャラクターを演った方が、向こうも愉しめるし、こっちも愉しめると思いますね。そういう意味では『マッハバロン』では、深江さんも僕もお互いに愉しめました。
司会 ヒロイン“小杉愛”役の木下ユリさん。インターネットでは殆ど情報が出てこない女優さんなんですが、当時の思い出をお聞かせください。
下塚 僕は(『マッハバロン』の)仕事以外では、彼女のことを全く知らないんですよ。当時彼女には女性マネージャーがいたんですが、マネージャーが持っているバッグに、木下さんがセーラー服を詰め込んで現場へ来ていたことを憶えています。撮影の最初の頃、彼女はまだ高校生だったんじゃないですかね(1974年10月14日付スポーツニッポン紙に「(木下ユリ女史は)高校一年生」との記述あり)。
加藤 可愛らしいというより、彼女の言葉を聞くと、ちょっと天然っぽいところがありましたね(笑)。たとえばロケバスで彼女が私に台本を差し出して、「加藤さん、これ何て読むの? 意味は?」と訊くので教えてあげていると、「あっ、トンボが飛んでる♪」と言い出したり(笑)。「ひとの話、聴いてんの?」と言い返したり…なんてことがありましたね。
『マッハバロン』が終わって何ヶ月か経った頃、銀座を歩いていたら、突然後ろから腕をつかまれてブンブン揺すられたんですよ。「何だ何だ?」と思って振り向いたら、彼女(木下女史)がいて(笑)。「ねぇ、ビックリした?」と言うので、「名前で呼びかければイイじゃないか」みたいなやりとりはありました。とにかく変なキャラクターの娘でした。
下塚 え? 偶然会ったの?
加藤 うん。勿論、個人的に会ったことは、その時以外一度もなかったけれど、何か“風変わりな女の子”というイメージでした。
下塚 僕が彼女の話の中で一番笑ったのは、一緒に(小田急線の)電車に乗っていた時、彼女が(停車駅名の)“代々木八幡(よよぎはちまん)”を“よよぎわちまん”と読んだことですね。これには笑いました。
(一同爆笑)
加藤 私も多分、その時一緒に乗っていました。しかも彼女、電車の中ででっかい声で「よよぎわちまん!」って読むんで笑いましたよ(笑)。
鈴木 普通、僕は俳優さんとはロケバスの中で話すんだけど、あの娘とは歳が離れていましたのでね、話していません。「この娘をいかにして大人の中で泳がせてあげたらよいのか」と、(父親のような気持ちで)考えていましたけど、細かいエピソードは憶えていません。
下塚 牧れいさんを前に失礼ですけども、僕ら『マッハバロン』の男性レギュラーは、たしかに彼女(木下女史)を女性扱いせず、子ども扱いしていましたね。
司会 “小杉健一”役の内海敏彦さん。
下塚 「全くNGを出さずにしっかりお芝居を演るなんて、怖い子役だな」と、当時思いましたね。彼は子役たちの中でも突出していました。
加藤 私もそう思いました。礼儀面や諸々含めて“子役のお手本”のような子でしたね。
鈴木 撮影の合間、騒いで跳び回っているようなイタズラ坊主タイプの子役は沢山いました。「うるさい!」と言って、叱った子役はいるけれども、内海君は全くそんなことがなかった優等生でした。こちらが指導したことはキチッと実行できるし、こちらが台詞を変えても記憶力があるから、2〜3回台詞を転がすとすぐに本番に行けるような子でした。(当時、内海氏が周囲に宣言したように)東大へ行ったかどうかは追跡調査してみないと分らないけどね(笑)。
(一同笑い)
司会 “ララーシュタイン総統”役の伊海田弘さん。
下塚 『マッハバロン』はオールアフレコだったので、その時お会いしましたね。伊海田さんが僕に言ってくださったことで面白いことがありまして。当時、伊海田さんは旅行代理店を経営していらして「下塚君、旅行へ行くんだったら、うちに注文くれる?」みたいなことをおっしゃっていました(笑)。だけど伊海田さんはああいう扮装をされて(別の)セットにいらしたから、現場では全く絡みがなかったんですよね。
加藤 私も伊海田さんとは、あまりお会いする機会はなかったです。ただ高倉(英二)さんの関係か何かで、どこかでお会いした憶えはあって、彼の役づくりを含めて、「伊海田さんの役(ララーシュタイン)はカッコいいなぁ」と思っていました。
編者註:伊海田氏は『レッドバロン』第37話、坂井哲也の父であり農夫の鉄之助役を好演している。ロケ地は静岡県富士宮市・富士山麓朝霧高原。
鈴木 伊海田さんが演った“ララーシュタイン”は、僕の生涯の中では一番の芸術作品ですよ。「してやったり!」の感があります。あの髪型も僕が考えましたし、感情表現をライティングによる髪の色で出そうと意図して、その通り巧くいきましたのでね。
えっ? 髪の色が変わるんですか?
鈴木 そう。(ララーシュタインが)怒ると髪が赤くなって、錯乱すると髪がレインボーカラーにササ〜ッと変わるんです。
素晴らしい!
鈴木 瞳をゴールドにするためカラーコンタクトを入れると、伊海田さんの目が見えない状態になってしまいました。日本現代企画の小林哲也社長と伊海田さんは仲良しだったから、小林さんは凄く気を遣っていました。「万が一、伊海田さんの目に障害が出たら、お前、どうするんだ!」って脅かされながら、お医者さん立会いの下、5分間限定で撮影しました。最初は伊海田さんも(カラーコンタクト使用を)怖がっていましたね。さっきも話しましたけど、このカラーコンタクトは一部の舞台でしか使われていない物でしたから、テレビや映画で使われることは、当時としては珍しかったんではないかな?
とにかくララーシュタインの感情表現の効果を、髪の色の変化で行うアイデアは、「我ながらよく思いついたなぁ」と思います。ロボット帝国(の基地内、総統のいる空間)は、黒バックにララーシュタインの髪のライティングだけなんです。(シンプル故に)カラーコンタクトとララーシュタインのシーン撮影だけは、結構予算を使いました。
<鈴木清氏が語る『レッドバロン』と『マッハバロン』の違い>
司会 『レッドバロン』と『マッハバロン』の違いについてお聞きします。例えば『マッハバロン』ではスキャニメイト導入といった試みがなされたり、『レッドバロン』でのアクションが減った替わりに、『マッハバロン』では航空戦力が導入されたり、海底基地からの発進シーンなど、特撮の見せ場が増えました。
鈴木 シリーズをやっていくと、ひとつずつ“知恵と経験”が身についていきます。例えば『ウルトラマン』のときは連日徹夜で手探り状態でしたが、『ウルトラセブン』になると前作の経験が活かされてきて、『帰ってきたウルトラマン』になると余裕が出てくる。『レッドバロン』はバロンシリーズというロボット物の最初の作品ですから、何か参考にできるような前作の経験というものが全くないわけです。ですから万事手探りでやる他なくて、余裕がありませんでした。『マッハバロン』ではちょっと知恵と工夫の余裕が出てくるから、技術的な冒険が大きくなってきて愉しめましたよね。
素材をどう活かしてお客さんに美味しく出すか。作り手もどう愉しむか。それ(特撮の画づくり)と物づくりって似ているんですね。ただ自分が愉しむだけのマスターベーションではダメで、「お客さんにいかに美味しく食べさせてあげるかが大事」なんです。僕は最近、テレビである料理番組をよく観るんだけど、素材の産地へ行って生産者の愛情をどう届けるかというコンセプトで放送していたんです。「特撮作品づくりと(料理は)同じだな」という気がしました。
司会 ロボット役のスーツアクターの方々に、ロボット的な動きについて指導をされましたか?
鈴木 (スーツアクターには)“動きの限界”というものが必ずあるわけです。限界を限界として見せないでロボットらしく見せるために、カメラスピードを変えてみたり、(首・腕の)回転を加えてみたり、『マッハバロン』では『レッドバロン』ではやらなかった新しい見せ方・試みをしました。「マイナス面をマイナスに見せないで、逆にどうプラスに見せていくか」という戦いをしましたね。
司会 加藤さんは『レッドバロン』『マッハバロン』の両作品に出演されたわけですが、各キャラクターにどのように差異をつけようと工夫されましたか?
加藤 難しかったですね! 衣装も含めて(SSI・坂井哲也とKSS・白坂譲司は)かなり変わりましたよね? 描き方も若干変わりましたが、「『マッハバロン』では対象年齢が少し下がったかな?」と思いました。それに対して自分は演技力や演技論で立ち向かう知恵もありませんでしたので(苦笑)。例えば、キスバードの(コックピット)は、映画「トップガン」のような計器もない、狭いスペースの中で、何をどうやって表現しようか悩んだことを憶えています。
司会 下塚さんは『マッハバロン』ご出演決定にあたり、前作『レッドバロン』をご覧になりましたか?
下塚 いや。(その当時)僕は観たことがなかったです。同じバロンシリーズということで、後々DVDで拝見させていただきましたけども。
僕は最初、台本を読んで「嵐田陽は自分(下塚氏)らしくないキャラクターだな。嵐田陽に似合うのは桜木健一さんのような“はっちゃけたタイプ”の俳優さんだろうなぁ」と思ったんです。だから『マッハバロン』は自分とは正反対の個性への挑戦でした。鈴木監督をはじめ諸監督にご指導いただけて、また主人公の成長を描いていただけて有り難かったです。
司会 “嵐田陽”は下塚さんのハマリ役だったと思います。
下塚 ありがとうございます(笑)。自分ではそんな風に思ったことがなかったので、そう言ってもらえると嬉しいですが、恥ずかしくて堪りませんね。
鈴木 先ほどコックピットの話が出ましたが、(ロボットの)コックピットの撮影の仕方は、『レッドバロン』と『マッハバロン』では違ってきているんです。『レッドバロン』の時に気づいたのは、ワイド(広角レンズ)を使った巧い効果を、つまり正面からワイドで撮って、(コックピット内の)広さとメカニック感を見せる方法です。実際はコックピット(のセット)って、とっても狭いんですけどね。ワイドのポジションを見つけて撮影方法を発展させたのが『マッハバロン』です。それから、表現の自由さを愉しむという意味では、『マッハバロン』では作戦室にVサイン形の椅子を置いたりして遊びました。
<海外版『マッハバロン』について>
司会 『マッハバロン』には独自の海外版が存在しており、それには何と、加藤さんと力石(考)さんまで出演されています。音楽はアニメ『グレートマジンガー』のものが使用されており、主役にいたっては日本人かどうかも分らない方が出演されているという謎の作品です。皆さんはこの作品の存在をご存知でしたか?
下塚 そういう作品があるということは聞いていましたが、僕は出ていません。
加藤 僕にはオファーがあったと思います。
鈴木 これは完全に僕らの仕込みで、当時日本と文化交流のなかった台湾との合作です。当初「キャストは(台湾の俳優に)全員入れ替えてやろう」という話があったのですが、そうすると予算面でも大変ですから「キャスト何人かを台湾から連れてきて、日本のオリジナルキャストとミックスして撮りましょう」ということで始めました。
これは日本テレビ音楽さんも了承の下で制作していますが、ただ当時台湾とは文化交流がありませんから、政策上日本のものを台湾で上映することが出来なかったわけです。結局諸事情から、台湾国内での上映が途中で中止になってしまいました。ですから現在出回っている海外版『マッハバロン』というものは、上映が中止されたフィルムが何処かへ横流しされて、原音が差し替えられて(海外へ)流出したんでしょうね。僕らが制作した時には、ちゃんとオリジナルの原音でやっています。(海賊版化している)海外版『マッハバロン』の存在については、全く知りませんでした。
台湾との合作では、オリジナル版『マッハバロン』の中の(既存)エピソード何本かを一本にまとめた話を、僕らが直接台湾へ行って脚本に書きました。そして台湾のキャストを日本へ招き、狛江の日本現代企画のセットで撮影したわけです。
下塚 僕もネット検索していて不思議に思ったのですが、どうして『マッハバロン』が“ドイツ語版”でも出ているのか、分らないですね。
司会 『レッドバロン』と『マッハバロン』は、ロボット名を変えたうえでヨーロッパでも放映され、人気があったようです。ヨーロッパでは日本の特撮作品の需要がかなりあったと思われます。ララーシュタイン率いるロボット帝国のネーミングは、ドイツに馴染んだものでしたから、フランス語版よりドイツ語版の方が受け入られ易かったのかも知れません。
鈴木 “ロボット帝国”って、ドイツを意識して設定をつくっているものね。
下塚 “タンツ”とかナチスっぽいですね。
鈴木 ネーミングの話をすると、造語で“マッハコレダー”なんてあるけど、色々武器のネーミングを考えていると最後の方には出てこなくなっちゃいますからね。「よし、これだ!」から取って、“マッハコレダー”にしました(笑)。
司会 台湾版『マッハバロン』について憶えていらっしゃいますか?
加藤 台湾のキャストは、たしか女性が1人、男性が2〜3人いました。
鈴木 三枚目の刑事役の小太りの俳優さんは、とてもよく憶えていますね。
司会 香港映画界、最大の“ショウ・ブラザーズ”という会社がありまして、その傘下にある名監督、張徹(チャン・ツェー)の率いる“長弓電影公司”が台湾で非常に多くの名作カンフー映画を撮っているのですが、台湾版『マッハバロン』は、そこで撮られています。加藤さんは、ゴールデン・ハーベスト社のブルース・リー作品『死亡の塔』にも出演していらっしゃるので、ショウ・ブラザーズ系社とゴールデン・ハーベスト社の両方の作品に出演された、唯一の日本人俳優さんということになります。
加藤 そうなんですか? まあ、ハリウッドへは行けなかったけどね(笑)。
(一同笑い)
司会 下塚さんの所へはオファーはあったのでしょうか?
下塚 いや。なかったと思います。
鈴木 主役の青年、(三枚目の)刑事役、博士(隊長)役、女の子が台湾のキャストだったかな?
加藤 たしか(博士役で)ヒゲを蓄えてメガネをかけた方がいたような…。
司会 因みに、例の女性隊員役の女優は、有名な香港アクションスター、姜大衛(デビッド・チャン)の奥様(李琳琳)で、香港・台湾では人気がありました。
加藤 台湾の俳優さんとはあまり一緒にいなかったんですが、男性はよく憶えていないけど、女優さんはスラリとしてカッコよかったと記憶しています。
鈴木 台湾版『マッハバロン』の監督は前川(洋之)君(『マッハバロン』第17・18話、『イナズマンF』『どっこい大作』監督)じゃなかったかな?
加藤 たしか前川さんでしたね。
鈴木 僕が前川君を監督に起用して、編集には僕も立ち会ったからね。人気のある(テレビ)作品を海外で焼き直ししてつくるというやり方は、あの頃結構あったと思います。僕らは初めての経験だったけどね。日本人キャストで加藤君と力石君がキャスティングされたのは、多分台湾側の意向じゃないかな? 「(主要キャストは)台湾から俳優を3〜4人連れて行くので、日本から2人出してほしい」ということだったと思います。
編者註:バロン座談会における鈴木清氏の証言、日華共作版(「鐵超人」)視聴による検証で判明した、日華双方のスタッフ・キャストを羅列すると以下のとおりになる(敬称略・順不同)。
■日本側スタッフ
監督:前川洋之、脚本:鈴木清・高野宏一(オリジナル脚本:上原正三)、編集:前川洋之・鈴木清
■香港・台湾側スタッフ
監督・脚本:郭廷鴻(カク・チンハン)
■日本側キャスト
男性隊員A:力石考、男性隊員B:加藤寿、女性隊員の実弟:内海敏彦、帝国海軍参謀:所雅樹、帝国空軍参謀:木村章平
上記5氏はオリジナル版『マッハバロン』の流用シーンに登場している他、日本オリジナル版と同一シチュエーションの諸シーンを、香港・台湾側キャストとの共演により新撮している。
■香港・台湾側キャスト
“鐵超人”搭乗者(主人公):葉天行(ステファン・イップ)、女性隊員:李琳琳(マギー・リー)、博士:陸劍明(ジェイミー・ルク)、発明刑事:秦沛(チョン・プイ)、梁少華(Leung Siu-Wa)、何誌強(Godfrey Ho Jeung-Keung)
上記主要4役は香港・台湾側キャストが演じたため、日本オリジナル版キャストである下塚誠・木下ユリ・団次郎・深江章喜の4氏は、新撮に不参加であった。
■流用シーンのみのキャスト
“鐵超人”搭乗者(主人公)の両親:小倉雄三・加藤真知子、幼少時代の“鐵超人”搭乗者(主人公):小山渚、帝国総統:伊海田弘、帝国陸軍参謀:麿のぼる、帝国空軍参謀:桜木栄一
上記6氏は、香港・台湾側キャストとの共演シーンがないうえ、オリジナル版『マッハバロン』の流用シーンのみに登場しているため、おそらく新撮に不参加だったと推察される。
海外版はオリジナル版の1・2・9・11・12話を編集したものであるため、第8話をもって降板された桜木氏のご出演シーンは、明らかにオリジナル版第1〜2話(タンツとゲラーがララーシュタインに謁見するシーン)の流用。
※タンツ陸軍参謀役・麿のぼる氏に関し、2014年3月20日に加藤寿氏より以下の情報をいただいた。
「麿のぼる氏は新撮にも参加していたような気がします。撮影時、彼と何度か会話を交わした記憶があるのです。なにぶん古い記憶なので“確かに”とは断言しにくいのですが、彼との会話の内容も一部憶えています」。
考察者の見落としか、麿のぼる氏の新撮部分が何らかの事情でカットされたのか、この点は再考察を要する(2014年3月20日加筆)。
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