2015年7月4日は『スーパーロボット レッドバロン 』42周年(第1話「ロボット帝国の陰謀」放送日)! 放送42周年に際し、スタッフ・キャスト諸氏からバロンファンの皆様へメッセージを頂きましたので、紹介させていただきます(順不同)。
『レッドバロン』第1話放送から42年との事、月日の過ぎ去るのは早いものですね。ふと思い起こすと、つい昨日の様な気がいたします。当時の演出部、俳優部等、各分野のスタッフが知恵とアイデアを出し合った手作りの作品だったと思います。これから先も『レッドバロン』が皆様に愛される作品で有ります様に!
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『レッドバロン』で俺はアメリカから来たジョージ隊員を演ったんだよな。奥多摩の野っぱらや爆発のなかを走り回ったり頑張ったんでさ、ソフト持ってない奴はちゃんとソフト買って、俺の活躍を観てくれよ! ウルちゃん、まだまだこれからも活躍するから応援してくれよな(笑)!
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42年後の今日まで、皆様方のように番組を愛し研究してくださる方があり、当時本気に取り組んだ甲斐がありました。何名かの方々が鬼籍に入りましたが、我々残っている者として、今後とも芸能に精進して行こうと思う所存です。今後ともよろしくお願い申し上げます。ありがとうございます。
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『レッドバロン』42周年おめでとうございます! また何らかの機会に放映していただけたら嬉しいですね。遠い昔の事、若かりし頃の事が懐かしく思い出されます。特撮あり本編あり、なかなかの作品ですよ。ファンの皆様、『レッドバロン』観て楽しんでくださいね!
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過ぎてしまえば短い気もする42年。単に時間と考えればとても長い42年。その長い時空を越えて今も語られ、観られる『レッドバロン』。星の数程ある作品群の中で『レッドバロン』を愛してくれる人たちがいることを嬉しく思い、携わった一人として誇りに思います。私個人としても青春の強烈な一シーンとして強く記憶に残っています。“『レッドバロン』よ永遠に”
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あれから42年ですか。と言う事は31歳の頃。自意識過剰な鼻持ちならぬ負けん気の強い時代にレッドバロンと遭遇したことになる。生意気の塊が日本現代企画をカッポしていた。当時日本テレビ音楽(NTVM)の原案者の渡辺一彦氏にもいろいろ失礼があったようだ。初のロボット実写作品と言うことで、かなり力が入っていた。一番はロボット造形でヒルマモデルクラフトさんには随分と苦労をお掛けした。特に関節部分はアクションの要となるので何度となく作り変えた記憶がある。そして、あの不器用な動きが何とも味わい深く可愛い。云わば、レッドバロンは昔のおもちゃ(玩具)がブリキのおもちゃであったように、ロボットのプロトタイプの想いがして愛着を強く感じる。これ等の発展型が次の『マッハバロン』へと精錬されてスマートなスーパーロボットの誕生に繋がるが。ともあれ、昭和から平成へと42年間語り継いで頂いたファンの皆さんがあったればこそ、今猶レッドバロンは輝き続けることができた。これは作り手としてとても幸せであり、改めて皆さんに感謝申し上げたい。多謝!
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